第2話:地味な春の光

第1話からのつづき

ゴンドウの大学生活の4年間──

それは、特筆すべきことが何ひとつ起こらない時間だった。

所属していたのは「会計研究会」──通称“カイケン”。

会計といっても、やっていることは簿記の演習と、月に一度の飲み会、あとは年に数回のボウリング大会。

「意外と楽しいよ」

そう先輩に言われて入ったが、楽しさというより「居場所」のようなものだった。

部室では、会計士を目指すガリ勉型の男子と、事務職狙いの女子が電卓を叩いていた。

ゴンドウもその空気に溶け込むように、ノートを広げ、コーヒー牛乳を飲みながら、なんとなく日々を過ごしていた。

たまに「就活のこと、考えてる?」と聞かれるが、まだピンとこない。

──夢なんて、あったか?

中学生の頃に少しだけ憧れたのは、電車の車掌。

でも、いつのまにか「普通でいいや」という言葉にすり替わっていた。

そんなある日。

大学2年の春。新入生歓迎コンパの帰り道。
同じサークルの女子が、ふと呟いた。

「ねぇゴンドウくんって、なんでいつも真面目そうに見えるのに、ボウリングのときだけ本気出すの?」

ゴンドウは笑った。

「……なんか、ストライク出すと、褒められるから」

その一言に、彼女は少しだけ吹き出した。
それが、彼の“大学生活で一番会話が盛り上がった日”だった。

就職活動の時期が来た。

大手広告代理店や放送局などマスコミ系の業種が人気企業ランキングの上位に並び、 ゼミの友人たちは「海外で働きたい」と意気込んでいた。

──でも、ゴンドウには「見えている範囲」しか世界がなかった。

彼が選んだのは、旅行代理店。

テレビCMも見かけるような業界大手ではなく、業界ランキング6位の地味な会社だった。
修学旅行や団体ツアーの手配、企業の慰安旅行の企画などを主力とする、堅実な中堅企業である。

「……一生に一度くらい、飛行機の座席とか決めてみたいな」

理由は、それだけだった。

面接では、可もなく不可もない受け答えをした。

内定通知は、5月の終わりに届いた。

父は「お前は大手は無理だと思ってた」と言った。
母は「ちゃんと勤めてくれるだけで、親孝行よ」と笑った。

大学卒業の記念に、親からスーツを一着仕立ててもらった。
──色は、灰色。 地味で、控えめで、目立たない。

そのスーツに袖を通した瞬間、ゴンドウはどこかホッとした。

「これで、なんとか社会に出られる」
そう思った。

けれど、その「地味で平穏な未来」が、やがて少しずつ、ほころんでいく。

──知らず知らずのうちに。

第3話へつづく