第2話:大げさな羊たち

第1話からのつづき

──JR池袋駅からバスで7分。
北池袋にある伊東予備校・池袋校の事務室。

午後2時。
外は春の強い風が吹き荒れ、校舎の窓ガラスがカタカタと鳴っていた。

コピー機の前で、学生アルバイトの女子がぴったりメイク直しをしている。
スマホを鏡代わりにして、自撮りも忘れない。

「ねぇねぇ、私、やっぱ映えるよね? 映える角度わかってきたかも~!」

近くにいたもう一人のバイトが、即座にスマホを向けた。

「マジそれ! 超かわいい!」

(……仕事しろよ)
ユウコは心の中でだけツッコミを入れながら、淡々と伝票処理を続けた。

そのとき、噂がまた聞こえてきた。

「カンゾウの島田塾長、やばいらしいよ」

「また何かやったの?」

「うん、『お前はコンニャクになれ』とか言って、また生徒の進路めちゃくちゃにしたみたい。」

「コンニャク? なにそれ」

笑いながら話すバイトたち。

だけど、ユウコは少しだけ眉をひそめた。
(人の人生、思いつきで変えるなよ……)

時おりSNSでも、島田タクミの「爆裂進路指導」は話題になっていた。

“島田タクミ、また一人、餅巾着を生み出す”
“人生の味変(爆笑)”

「すごいですね、島田先生ってカリスマ~!」

バイトたちがスマホ片手にキャッキャとはしゃぐ。

(無理して、すごいものに群れるなよな)

──大げさな羊たち。

ユウコは、そう思った。

誰かを「すごい」と持ち上げることで、自分も「すごいものに触れている」ような錯覚に浸りたがる。

でも、それは何も生まない。

ユウコは知っていた。
本当にすごいものは、静けさだ。

無理にアピールしない。
ましてや、他人の人生をかき回さない。

それを「面白がる」こともない。
というより、最初から「そういうコト」には無関心。

(……まあ、カリスマごっこ、楽しそうで何より)

そう思って、伝票ファイルを閉じた。

夕方、ゴンドウがまた現れた。

「ユウコさん、お疲れっす~。あ、例のリスト、無事に届けましたんで」

「はい、ありがとうございます」

にこやかに返すユウコ。

(それ、ふつうに犯罪なんだけどね……)

だが、もう何も言わない。

帰りのバス。

イヤホンから流れるのは、クラシック。

車窓に、桜がふわふわと散っているのが見えた。

スマホを開くと、ニュース速報。

【カンゾー塾長・島田タクミ氏 記者に囲まれ混乱】
──生徒の進路指導が問題視され、SNSで炎上。
卒業生の内部告発動画も拡散中。

画面には、「俺は悪くない!」と叫びながら押し問答する島田タクミの姿。

バスの揺れに合わせて、ユウコはゆっくりスマホを閉じた。

(……ま、どうでもいいか)

帰宅したら、今度の平日休みに行く温泉旅のプランでも立てよう。

そう思った。

第3話へつづく