第1話からのつづき
──JR池袋駅からバスで7分。
北池袋にある伊東予備校・池袋校の事務室。
午後2時。
外は春の強い風が吹き荒れ、校舎の窓ガラスがカタカタと鳴っていた。
コピー機の前で、学生アルバイトの女子がぴったりメイク直しをしている。
スマホを鏡代わりにして、自撮りも忘れない。
「ねぇねぇ、私、やっぱ映えるよね? 映える角度わかってきたかも~!」
近くにいたもう一人のバイトが、即座にスマホを向けた。
「マジそれ! 超かわいい!」
(……仕事しろよ)
ユウコは心の中でだけツッコミを入れながら、淡々と伝票処理を続けた。
そのとき、噂がまた聞こえてきた。
「カンゾウの島田塾長、やばいらしいよ」
「また何かやったの?」
「うん、『お前はコンニャクになれ』とか言って、また生徒の進路めちゃくちゃにしたみたい。」
「コンニャク? なにそれ」
笑いながら話すバイトたち。
だけど、ユウコは少しだけ眉をひそめた。
(人の人生、思いつきで変えるなよ……)
時おりSNSでも、島田タクミの「爆裂進路指導」は話題になっていた。
“島田タクミ、また一人、餅巾着を生み出す”
“人生の味変(爆笑)”
「すごいですね、島田先生ってカリスマ~!」
バイトたちがスマホ片手にキャッキャとはしゃぐ。
(無理して、すごいものに群れるなよな)
──大げさな羊たち。
ユウコは、そう思った。
誰かを「すごい」と持ち上げることで、自分も「すごいものに触れている」ような錯覚に浸りたがる。
でも、それは何も生まない。
ユウコは知っていた。
本当にすごいものは、静けさだ。
無理にアピールしない。
ましてや、他人の人生をかき回さない。
それを「面白がる」こともない。
というより、最初から「そういうコト」には無関心。
(……まあ、カリスマごっこ、楽しそうで何より)
そう思って、伝票ファイルを閉じた。
夕方、ゴンドウがまた現れた。
「ユウコさん、お疲れっす~。あ、例のリスト、無事に届けましたんで」
「はい、ありがとうございます」
にこやかに返すユウコ。
(それ、ふつうに犯罪なんだけどね……)
だが、もう何も言わない。
帰りのバス。
イヤホンから流れるのは、クラシック。
車窓に、桜がふわふわと散っているのが見えた。
スマホを開くと、ニュース速報。
【カンゾー塾長・島田タクミ氏 記者に囲まれ混乱】
──生徒の進路指導が問題視され、SNSで炎上。
卒業生の内部告発動画も拡散中。
画面には、「俺は悪くない!」と叫びながら押し問答する島田タクミの姿。
バスの揺れに合わせて、ユウコはゆっくりスマホを閉じた。
(……ま、どうでもいいか)
帰宅したら、今度の平日休みに行く温泉旅のプランでも立てよう。
そう思った。
第3話へつづく