第1話
JR巣鴨駅から徒歩7分、古びた雑居ビルの3階。
そこに犬童が立ち上げた塾──
【邁進塾】
がひっそりとオープンしていた。
生徒はわずか十数人。
チューターは元カンゾウ組の大学生たち。
授業は、丁寧に進んでいた。
犬童は、机を並べた小さな教室を眺め、静かに思った。
(急ぐ必要はない。僕は、僕のペースでやる)
しかし──。
敵は、そんな温い夢想を許してくれなかった。
高田馬場、カンゾウ本部ビル。
塾長室では、島田タクミが密談を進めていた。
集められたのは、営業部隊(通称・大学上陸部隊)の悪人面トップランカーたち。
スーツはヨレヨレ。目つきはギラつき。一攫千金しか頭にない連中。
タクミはニヤリと笑った。
「お前ら、巣鴨に行って、邁進塾の前を……こう、適当にウロつけ」
「え、塾の前っすか?」
「そうだ。特に生徒の登下校時間な。
腕組んで、タバコ吸いながら、ダルそうに立っとけ。生徒をビビらせろ」
「へへっ、了解っす」
さらに、タクミは別ルートにも手を回していた。
スナック「うたかた」のママに連絡し──
「なあ、昼間っからおでん鍋持って、あの塾に出前できねぇか?」
「ええ?昼間に……?」
「いいんだよ。わざとだよ。巣鴨のジジババどもに、“あそこの塾、昼間から酒場の女が出入りしてる”って噂させるんだ」
「ふふっ、了解~!」
ママは面白がって、すぐに引き受けた。
だが、これだけでは終わらない。
タクミは次の矢を放つ。
歌舞伎町で見つけた、昼間から暇そうにしているアル中の生活保護フリーター軍団に、ワンカップ大関と安ウイスキーの瓶を配りながら言った。
「昼間からガンガン飲めるぞ。んで、巣鴨のこのビルの周り、ラッパ飲みしながらウロついとけ。簡単だろ?」
「マジっすかぁ? 先生、神っす!」
酔っ払いどもはすぐに食いついた。
さらにさらに。
「ゴンドウ!」
「ヘイ、塾長!」
「犬堂の塾に入り込め。どうせお前、名簿くらいサクッと抜けるだろ」
「お安い御用っす」
ゴンドウは、ニヤニヤと笑った。
「んでな──イヌドウをキャバクラに接待しろ」
「へい!」
「酔わせろ。嬢にベタベタさせろ。あいつのデレデレ顔、隠し撮れ」
「へい!」
「そしたら、その写真を──生徒の親に匿名で送れ」
「ヒュ~~、えげつな!」
タクミは、勝ち誇ったように笑った。
「勝負ってのはな、“戦場を選んだやつ”が勝つんだよ」
机に足をドンと乗せ、呟いた。
「巣鴨だぁ? ババァとジジィしかいねぇじゃねぇか。あの小っせえケツしやがって、糸こんにゃくみてえな野郎が……。俺にケンカ売ったツケ、今から払わせてやんよ」
──こうして。
巣鴨の小さな塾に、カンゾウからの嫌がらせ部隊が送り込まれていった。
そして、犬童はまだ──
自分の背後に忍び寄る、黒い影に気づいていなかった。
第3話へつづく