第2話:怒りの総動員

第1話

JR巣鴨駅から徒歩7分、古びた雑居ビルの3階。

そこに犬童が立ち上げた塾──
【邁進塾】
がひっそりとオープンしていた。

生徒はわずか十数人。
チューターは元カンゾウ組の大学生たち。

授業は、丁寧に進んでいた。
犬童は、机を並べた小さな教室を眺め、静かに思った。

(急ぐ必要はない。僕は、僕のペースでやる)

しかし──。

敵は、そんな温い夢想を許してくれなかった。

高田馬場、カンゾウ本部ビル。

塾長室では、島田タクミが密談を進めていた。

集められたのは、営業部隊(通称・大学上陸部隊)の悪人面トップランカーたち。
スーツはヨレヨレ。目つきはギラつき。一攫千金しか頭にない連中。
 
タクミはニヤリと笑った。

「お前ら、巣鴨に行って、邁進塾の前を……こう、適当にウロつけ」

「え、塾の前っすか?」

「そうだ。特に生徒の登下校時間な。

 腕組んで、タバコ吸いながら、ダルそうに立っとけ。生徒をビビらせろ」

「へへっ、了解っす」

さらに、タクミは別ルートにも手を回していた。

スナック「うたかた」のママに連絡し──
「なあ、昼間っからおでん鍋持って、あの塾に出前できねぇか?」

「ええ?昼間に……?」

「いいんだよ。わざとだよ。巣鴨のジジババどもに、“あそこの塾、昼間から酒場の女が出入りしてる”って噂させるんだ」

「ふふっ、了解~!」
ママは面白がって、すぐに引き受けた。
 
だが、これだけでは終わらない。
タクミは次の矢を放つ。

歌舞伎町で見つけた、昼間から暇そうにしているアル中の生活保護フリーター軍団に、ワンカップ大関と安ウイスキーの瓶を配りながら言った。

「昼間からガンガン飲めるぞ。んで、巣鴨のこのビルの周り、ラッパ飲みしながらウロついとけ。簡単だろ?」

「マジっすかぁ? 先生、神っす!」

酔っ払いどもはすぐに食いついた。
 
さらにさらに。

「ゴンドウ!」

「ヘイ、塾長!」

「犬堂の塾に入り込め。どうせお前、名簿くらいサクッと抜けるだろ」

「お安い御用っす」

ゴンドウは、ニヤニヤと笑った。

「んでな──イヌドウをキャバクラに接待しろ」

「へい!」

「酔わせろ。嬢にベタベタさせろ。あいつのデレデレ顔、隠し撮れ」

「へい!」

「そしたら、その写真を──生徒の親に匿名で送れ」

「ヒュ~~、えげつな!」
 
タクミは、勝ち誇ったように笑った。

「勝負ってのはな、“戦場を選んだやつ”が勝つんだよ」

机に足をドンと乗せ、呟いた。

「巣鴨だぁ? ババァとジジィしかいねぇじゃねぇか。あの小っせえケツしやがって、糸こんにゃくみてえな野郎が……。俺にケンカ売ったツケ、今から払わせてやんよ」
 
──こうして。

巣鴨の小さな塾に、カンゾウからの嫌がらせ部隊が送り込まれていった。

そして、犬童はまだ──
自分の背後に忍び寄る、黒い影に気づいていなかった。

第3話へつづく