第2話
──ある平日の午後。
巣鴨・邁進塾の周辺に、奇妙な空気が漂い始めていた。
コンビニ前にたむろする、やたら目つきの悪いスーツ男たち。
ビルの入口付近では、昼間からワンカップの日本酒やウイスキーをラッパ飲みするオヤジたちが、意味もなくウロウロしている。
しかも──
「すみませーん、おでん届けに来ましたぁ~!」
笑顔でやってきたのは、場違いなほど派手な化粧をした、年増の女性。
手には、でっかいおでん鍋。
(……なんだ、これ)
犬童は、教室の窓からその様子を見て、眉をひそめた。
生徒たちも、ざわざわしはじめる。
「先生……なんか、最近、この辺、変じゃないすか?」
「うん……まぁ、気にしなくていいよ」
犬堂は、苦笑いしながら言った。
が、内心では──
(誰かが、何かを仕掛けてきている)
そう確信していた。
さらに追い打ちをかけるように。
数日後、こんな「見学者」がやってきた。
「すんませーん!見学いいっすかぁ!」
ガタイのいい、モヒカン頭の大学生。
「オレ、防衛大行きたいんすけど~! この塾入れば、格闘術とか教えてもらえるんすかぁ!?」
教室中が、一気に静まり返った。
また別の日には──
「自分、警察学校目指してんすけどぉ~! ここの授業で、拳銃の打ち方とか、習えるんすか!?」
……もう、意味がわからない。
生徒たちはドン引きし、一部の保護者からも「ちょっと心配です」という声が上がり始めた。
その頃。
高田馬場、カンゾウ本部ビル、塾長室──。
島田タクミは、豪快に牛すじおでんをつまみながら、満足げに笑っていた。
「バカども、いい仕事してんじゃねぇか!」
総務部の社員が、やや引き気味に報告する。
「あの、塾長……さすがに、やりすぎでは……」
「うるせぇ!」
タクミは声を荒げた。
「俺はなぁ、あの“マイ新宿”とかいうフザけた名前が許せねぇんだよ!!」
傍らにいた営業部のゴリゴリ系社員が、ポツリと言った。
「塾長、“邁進塾(まいしんじゅく)”っすよ……」
「うるせぇ!!字面(じづら)なんて関係ねぇ!!」
タクミの脳内では完全に「マイ・新宿=俺のホーム(新宿)」を汚した裏切り者という構図が出来上がっていた。
しかも──
「よりによって、うちのキレイどころばっか、引き抜きやがってぇ……」
ゴンドウが隣でニヤニヤと笑いながら言う。
「しかも塾名、マイ、っすからね~。塾長の大好きなキャバ嬢と同じ名前っすよ」
「わかっとるわ!!!」
タクミの怒りは、もはや理屈を超えていた。
──こうして。
カンゾウの嫌がらせ作戦は、ますます加速していった。
知らぬ間に包囲され、じわじわと生徒や保護者の信頼を削られていく邁進塾──。
犬堂シンヤは、表面では平静を装いながらも、それでも必死に、この「見えない暴力」に耐えていた。
第4話へつづく