第3話:邁進塾、包囲される

第2話

──ある平日の午後。
巣鴨・邁進塾の周辺に、奇妙な空気が漂い始めていた。
 
コンビニ前にたむろする、やたら目つきの悪いスーツ男たち。

ビルの入口付近では、昼間からワンカップの日本酒やウイスキーをラッパ飲みするオヤジたちが、意味もなくウロウロしている。

しかも──

「すみませーん、おでん届けに来ましたぁ~!」

笑顔でやってきたのは、場違いなほど派手な化粧をした、年増の女性。

手には、でっかいおでん鍋。

(……なんだ、これ)

犬童は、教室の窓からその様子を見て、眉をひそめた。

生徒たちも、ざわざわしはじめる。

「先生……なんか、最近、この辺、変じゃないすか?」

「うん……まぁ、気にしなくていいよ」

犬堂は、苦笑いしながら言った。

が、内心では──
(誰かが、何かを仕掛けてきている)
そう確信していた。
 
さらに追い打ちをかけるように。
数日後、こんな「見学者」がやってきた。

「すんませーん!見学いいっすかぁ!」

ガタイのいい、モヒカン頭の大学生。

「オレ、防衛大行きたいんすけど~! この塾入れば、格闘術とか教えてもらえるんすかぁ!?」

教室中が、一気に静まり返った。
 
また別の日には──

「自分、警察学校目指してんすけどぉ~! ここの授業で、拳銃の打ち方とか、習えるんすか!?」

……もう、意味がわからない。
 
生徒たちはドン引きし、一部の保護者からも「ちょっと心配です」という声が上がり始めた。
 
その頃。
高田馬場、カンゾウ本部ビル、塾長室──。
 
島田タクミは、豪快に牛すじおでんをつまみながら、満足げに笑っていた。

「バカども、いい仕事してんじゃねぇか!」
 
総務部の社員が、やや引き気味に報告する。

「あの、塾長……さすがに、やりすぎでは……」

「うるせぇ!」

タクミは声を荒げた。
 
「俺はなぁ、あの“マイ新宿”とかいうフザけた名前が許せねぇんだよ!!」
 
傍らにいた営業部のゴリゴリ系社員が、ポツリと言った。

「塾長、“邁進塾(まいしんじゅく)”っすよ……」

「うるせぇ!!字面(じづら)なんて関係ねぇ!!」
 
タクミの脳内では完全に「マイ・新宿=俺のホーム(新宿)」を汚した裏切り者という構図が出来上がっていた。

しかも──
「よりによって、うちのキレイどころばっか、引き抜きやがってぇ……」
 
ゴンドウが隣でニヤニヤと笑いながら言う。

「しかも塾名、マイ、っすからね~。塾長の大好きなキャバ嬢と同じ名前っすよ」

「わかっとるわ!!!」
 
タクミの怒りは、もはや理屈を超えていた。

──こうして。

カンゾウの嫌がらせ作戦は、ますます加速していった。

知らぬ間に包囲され、じわじわと生徒や保護者の信頼を削られていく邁進塾──。

犬堂シンヤは、表面では平静を装いながらも、それでも必死に、この「見えない暴力」に耐えていた。
 
第4話へつづく