第5話からのつづき
──巣鴨・邁進塾。
その日、犬堂シンヤは静かに、生徒たちを集めてこう言った。
「みんな、最近……この周りで変なことが起きてるよね」
生徒たちは顔を見合わせ、こくりとうなずいた。
犬堂は、少し微笑んだ。
「心配しなくていい。僕たちは、ここで勉強するために集まってる。 誰が、何をしてこようと、やることは変わらない」
教室には、ひたむきな空気が広がった。
──だが。
犬堂自身、わかっていた。
(このまま、受け身じゃダメだ)
相手は、じわじわと内側を腐らせにきている。
ならば──こちらも、打って出るしかない。
犬堂は、こっそり動き始めた。
かつてカンゾウ時代に世話になった、 ある卒業生──いまや某有名進学校の講師をしている男に連絡を取った。
「久しぶり。実は、今、小さな塾をやっててさ。 ちょっとだけ、名前を貸してくれないか?」
「……いいよ。オレ、あんたには恩があるから」
即答だった。
数日後──。
巣鴨駅近くの掲示板に、こんな貼り紙が出現した。
【邁進塾 特別講義】
【○○進学校 現役講師による、数学特別セミナー!】
生徒・保護者に向けた無料セミナーの告知だった。
しかも、講師の名前は全国模試の解説記事にも載ったことのある、有名な若手教師。
口コミは、一気に広がった。
「え、あの先生、巣鴨に来るの?」
「無料!?マジで!?」
一部で悪評をばらまかれていた空気が、少しずつ変わり始めた。
──タクミ、激怒。
高田馬場・カンゾウ本部ビル。
塾長室で、またしても机を蹴飛ばす音が響く。
「ふざけやがって!!」
タクミは、怒鳴った。
「なんだあの貼り紙は!!」
「アイツ……姑息な手を使いやがって……ッ!!」
ゴンドウが、鼻で笑う。
「ちっ、意外と頭回るんすね、あの糸コン野郎」
タクミは、ワナワナと拳を震わせた。
「いいか、次は──本気で潰すぞ」
「……へい」
ゴンドウは、妙に低い声で答えた。
(ここからが本番だ)
タクミは、ギラギラと目を光らせた。
──そして。
犬堂シンヤの、小さな塾をめぐる攻防は、さらに苛烈さを増していく。
次なる嫌がらせは、生徒の家庭に直接──
不穏な「怪文書」が送りつけられるところから、始まるのだった。
第5話へつづく