第4話からのつづき
ある日、邁進塾に通う生徒の保護者たちのもとに、次々と不審な封筒が届き始めた。
《注意喚起》
《巣鴨周辺に危険な塾が存在します》
《未成年を食い物にする悪質経営者の噂あり》
──差出人不明の、悪意に満ちた怪文書だった。
ある保護者は、心配そうに塾に電話してきた。
「……先生、うちにも、こんなものが……」
犬堂シンヤは、内容を確認し、ゆっくりと言った。
「ご安心ください。事実無根です」
落ち着いた態度で、ひとつひとつ、誠実に対応していった。
生徒たちの間でも、ざわざわと不安の声が広がる。
「先生、これって……」
「大丈夫だ。君たちがすべきことは、勉強することだけだよ」
──だが。
敵は、さらに攻撃を強めた。
別の封筒には、こう書かれていた。
《内部告発》
《この塾の講師は、前歴あり》
《暴力沙汰の過去も》
内容は、すべてデタラメ。
(……いい加減にしてくれ)
犬堂は、胸の奥に怒りを抱えながらも、表には出さなかった。
(ここで騒げば、向こうの思う壺だ)
──そして、数日後。
怪文書の連投は、徐々に下火になった。
(向こうも、これ以上は危ないと踏んだか)
犬堂は、推測した。
その頃、高田馬場・カンゾウ本部ビルでは──。
「塾長、さすがに紙ベースはリスク高いっす」
ゴンドウが耳打ちした。
タクミは、しぶしぶ頷き──
ボロボロのデスクトップパソコンをガチャガチャいじり始めた。
OSは、懐かしの《Windows Vista》。
カタカタカタカタ……。
「俺はなぁ、アイティーにも強いんだよ!」
得意げなタクミ。
(……Vista、なのに……)
横でゴンドウが無表情で突っ込みを入れる。
タクミは指をバシバシと叩きながら命じた。
「いいかぁ、これからはネットだ!」
「匿名掲示板に悪口を書きまくれ!」
「塾のレビューサイトにも、一つ星評価連打しろ!」
「キャバの嬢にも頼め、スナックのママにも頼め、安居酒屋の専門学生ギャルグループにも頼め!!」
「バイト代はあとで出すって言っときゃ、やるだろ!」
「へいへい」
社員たちは、呆れながらも従った。
──こうして。
邁進塾へのネット中傷作戦が始まった。
レビューサイトには、
《対応最悪》
《生徒に暴力》
《不潔で不快》
ありもしない悪評が、次々と投稿され、★☆☆☆☆の嵐となった。
匿名掲示板には、
《ここの塾ヤバい》
《先生が飲みながら授業してるらしい》
など、デマ情報が氾濫し始めた。
巣鴨・邁進塾。
犬堂シンヤは、誹謗中傷の投稿を眺めていた。
(──わかってる)
(カンゾウだ)
(でも……こちらにできるのは、目の前の生徒に向き合うことだけだ)
ネットの海の中で、悪意の波が打ち寄せる。
それでも、犬堂は教室で、ただ一つひとつ、丁寧に板書を重ねていった。
──その頃。
高田馬場では、タクミが満足げにVistaの画面を眺めていた。
「ネット戦争も、俺様の圧勝だな」
だが。カンゾウ社内には、徐々に広がりつつあった。
社員たちの、見えないため息と──
ゴンドウの、冷めきった目。
(……こりゃ、いよいよだな)
島田タクミ。
まだ自分が、将来の自滅への坂道を、ゆっくりと転がり始めていることに、気づいていなかった。
第6話へつづく