第6話(終):勝手に勝利宣言

第5話からのつづき

──巣鴨・邁進塾。

邁進塾は、粘り強く耐えた。

誠実な指導を続けた結果、地域新聞の教育欄に小さな記事が載った。

【巣鴨の小さな塾、静かな人気──「一人ひとりを大切に」】

それを読んだ保護者たちが、少しずつ戻ってきた。

チューターのバイトも、数人が「やっぱり犬堂先生の方がいいです」と言って、ひっそりと復帰した。
 
犬堂シンヤは、教室の片隅でその記事を見つめながら、静かに笑った。

(焦らずに、やればいい)

彼は、教室の窓を開け、春の風を吸い込んだ。
 
一方その頃、高田馬場・カンゾウ本部ビル。

塾長室では、タクミとカンゾウ悪巧み軍団が、にわかに活気づいていた。
 
「よっしゃ!ネットの★一つ、50個突破っす!」

「まとめサイトにも“ブラック塾”って載りました!」

「この調子で潰しましょう、塾長!」

社員たちは興奮していた。
 
タクミも、Vistaパソコンの前でニヤニヤしていたが──。
 
その夜。

歌舞伎町・とあるキャバクラ。

お気に入りのキャバ嬢「マイ」が、タクミに甘い声で囁いた。
 
「ねぇ、タクミさん……」

「ん?」

「新宿って……タクミさんのものみたいなもんだよね♡」

タクミは、一瞬ぽかんとした後──
パアァァァ……っと顔を輝かせた。
 
「……お前、今、最高のこと言ったな」

焼酎の水割りをぐいっと飲み干し、タクミはふんぞり返った。

「うむ、よし!俺の“ユア新宿”だ!」
 
──そして翌日。

塾長室。

ゴンドウたちが、次なる攻撃プランを説明しようとした瞬間。
タクミは、ドカッと机に足を乗せ、ニヤリと言った。

「もう、ええわ」

「……へ?」

「もう、許したろか」

「……へぇぇぇぇぇ!?」

室内の空気が、音を立てて崩れた。

「……え、あの、まだこれから追い打ちかけるって……」

「ネットの次、SNS荒らしも仕込んで……」
 
タクミは鼻で笑った。

「もう飽きたわ」

「……へっ?」

「勝負あり、や。イトコン野郎には、十分お灸すえたったわい」

「……はぁ」

「こっちの圧勝やろ」

勝手に勝利宣言。
 
社員たちは、心の中で一斉に崩れ落ちた。

(……こんな上司、嫌だ……)

(気分で俺たちのこと振り回すなよ……)
 
──こうして。

カンゾウの犬堂シンヤ攻撃作戦は、島田タクミの「飽きた」の一言で、あっけなく幕を閉じた。
 
タクミはその後も、新宿のキャバクラで
「新宿は俺のもんや」
「ユア新宿、ワハハ」
と勝手に勝ち誇っていたが──

数年後。
島田タクミは、経費の不正使用がばれ、社員総出の造反を受けて、あっさりとカンゾウを追放されることになる。

犬堂シンヤは、そのニュースを聞いても──

何も言わなかった。

ただ静かに、次なる目標──
【秋葉原2号教室オープン】
に向けて、淡々と歩き始めた。

勝手に勝ち、勝手に負けた男と。
着実に自分の道を歩む男と。

その差は、どこまでも歴然と、どこまでも鮮やかだった。

──邁進塾。

新学期に向けて、教室の空気が少しずつ慌ただしくなっていた。

片付けをしていた若いチューターが、ふと犬堂に話しかけた。

「先生……いろいろ、大変でしたね」

犬堂シンヤは、窓の外を眺めたまま、ぽつりと、こう言った。

「大丈夫だよ」

そして、ほんの少しだけ笑って言った。

「最後まで立ってた方が、勝ちだ」

ー完ー

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