第5話からのつづき
──巣鴨・邁進塾。
邁進塾は、粘り強く耐えた。
誠実な指導を続けた結果、地域新聞の教育欄に小さな記事が載った。
【巣鴨の小さな塾、静かな人気──「一人ひとりを大切に」】
それを読んだ保護者たちが、少しずつ戻ってきた。
チューターのバイトも、数人が「やっぱり犬堂先生の方がいいです」と言って、ひっそりと復帰した。
犬堂シンヤは、教室の片隅でその記事を見つめながら、静かに笑った。
(焦らずに、やればいい)
彼は、教室の窓を開け、春の風を吸い込んだ。
一方その頃、高田馬場・カンゾウ本部ビル。
塾長室では、タクミとカンゾウ悪巧み軍団が、にわかに活気づいていた。
「よっしゃ!ネットの★一つ、50個突破っす!」
「まとめサイトにも“ブラック塾”って載りました!」
「この調子で潰しましょう、塾長!」
社員たちは興奮していた。
タクミも、Vistaパソコンの前でニヤニヤしていたが──。
その夜。
歌舞伎町・とあるキャバクラ。
お気に入りのキャバ嬢「マイ」が、タクミに甘い声で囁いた。
「ねぇ、タクミさん……」
「ん?」
「新宿って……タクミさんのものみたいなもんだよね♡」
タクミは、一瞬ぽかんとした後──
パアァァァ……っと顔を輝かせた。
「……お前、今、最高のこと言ったな」
焼酎の水割りをぐいっと飲み干し、タクミはふんぞり返った。
「うむ、よし!俺の“ユア新宿”だ!」
──そして翌日。
塾長室。
ゴンドウたちが、次なる攻撃プランを説明しようとした瞬間。
タクミは、ドカッと机に足を乗せ、ニヤリと言った。
「もう、ええわ」
「……へ?」
「もう、許したろか」
「……へぇぇぇぇぇ!?」
室内の空気が、音を立てて崩れた。
「……え、あの、まだこれから追い打ちかけるって……」
「ネットの次、SNS荒らしも仕込んで……」
タクミは鼻で笑った。
「もう飽きたわ」
「……へっ?」
「勝負あり、や。イトコン野郎には、十分お灸すえたったわい」
「……はぁ」
「こっちの圧勝やろ」
勝手に勝利宣言。
社員たちは、心の中で一斉に崩れ落ちた。
(……こんな上司、嫌だ……)
(気分で俺たちのこと振り回すなよ……)
──こうして。
カンゾウの犬堂シンヤ攻撃作戦は、島田タクミの「飽きた」の一言で、あっけなく幕を閉じた。
タクミはその後も、新宿のキャバクラで
「新宿は俺のもんや」
「ユア新宿、ワハハ」
と勝手に勝ち誇っていたが──
数年後。
島田タクミは、経費の不正使用がばれ、社員総出の造反を受けて、あっさりとカンゾウを追放されることになる。
犬堂シンヤは、そのニュースを聞いても──
何も言わなかった。
ただ静かに、次なる目標──
【秋葉原2号教室オープン】
に向けて、淡々と歩き始めた。
勝手に勝ち、勝手に負けた男と。
着実に自分の道を歩む男と。
その差は、どこまでも歴然と、どこまでも鮮やかだった。
──邁進塾。
新学期に向けて、教室の空気が少しずつ慌ただしくなっていた。
片付けをしていた若いチューターが、ふと犬堂に話しかけた。
「先生……いろいろ、大変でしたね」
犬堂シンヤは、窓の外を眺めたまま、ぽつりと、こう言った。
「大丈夫だよ」
そして、ほんの少しだけ笑って言った。
「最後まで立ってた方が、勝ちだ」
ー完ー
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