──高層ビルが林立する都心の一等地。
その中にそびえ立つ、タワービル37階。
そこにあるのは、医学部専門予備校──
メディカルデラックス。
通称、メディデラ。
年間の学費は最低でも800万円。
夏期講習や個別指導を加えれば、年間2,000~3,000万円にも跳ね上がることもある。
ここへ通う生徒は、政治家の娘、開業医の息子、財閥の御曹司も少なくない。
金とプライドの匂いが、エレベーターの隙間からでも漂ってくるような場所だった。
──そこに。
かつて「カンゾウの帝王」と呼ばれた、男が姿を現した。
そう、島田巧(しまだたくみ)。
応接室。
メディデラ教務部長・エゾエが、履歴書に目を落としながら言った。
「……正直、驚きました。あのカンゾウの塾長さんが、どうしてまた?」
タクミは、涼しい顔で笑った。
「まあ、いろいろありましてねぇ」
エゾエは、表情を変えずに探りを入れる。
「いろいろ……?」
タクミは肩をすくめた。
「時代の流れですよ。でもまあ、学歴も実績もありますし、なにより“結果”を出せばいいんでしょう?」
自信が、身体全体から滲み出ていた。
タクミは続ける。
「50人です! 半年の間に50人の新しい生徒を入学させてみせましょう!」
エゾエは苦笑いしながら、履歴書に目を落とした。
学歴の記入欄には、堂々とこう書かれていた。
「ケンブリッジ大学 医学部主席卒業」
「……これも、本当なんですか?」
タクミは、間髪入れずに答えた。
「まさか、疑ってらっしゃる?」
その目には、微塵のためらいもなかった。
応接室の空気が、静かに波立った。
社長のカトウが、面白がるように笑いながら口を開いた。
「まあまあまあ。半年で50人、新規獲得できるんなら、細かいことはいいだろ?」
タクミは、ニヤリと口角を上げた。
「できますよ。やり方は、ありますから」
──ただし、この時点では、その「やり方」が何かは、まだ白紙だった。
(……金の匂いがプンプンしとるわ)
37階の窓から見下ろす、きらめく東京の夜景。
タクミは、擦り減った革靴でコツコツと音を立てながら、静かに拳を握った。
(ここで一発、巻き返してやる)
──島田タクミ、復活。
今、再び──
大風呂敷を広げる時が来た。
第2話へ続く