第1話からのつづき
──メディカルデラックス 営業会議室。
長机の前には、営業や広報のスタッフたちがズラリと並んでいた。
その中に、島田タクミの姿もあった。
教務部長・エゾエが、プロジェクターの資料を指し示しながら言った。
「現在、医学部志望者全体の数は、微増傾向にあります。しかし──」
エゾエは資料のグラフを指差す。
「我々メディデラがターゲットにしている、いわゆる“富裕層の子弟”──。これは、数が限られている。増えない。いや、むしろ少子化の影響で、今後は減っていくだろう」
タクミは、腕を組んだまま無言で聞いていた。
「しかも、そうした家庭の子供たちは、すでにどこかの医学部専門予備校に通っている。つまり、パイは固定されていて、業界は完全なレッドオーシャン状態だ」
営業会議室に、重たい空気が流れる。
エゾエは、少し声を低めた。
「要するに──“新規開拓”は難しい。他の予備校から引き抜くしか、道はない」
若手営業の一人が、おずおずと手を挙げた。
「でも、他塾も必死ですし……囲い込み、すごいですし……」
エゾエは、無表情で答えた。
「だからこそ、君たち広報部や営業部の腕にかかっている」
──会議終了。
タクミは、重たいドアを押し開けて、廊下に出た。
(……なんや、思った以上に厳しいやないか)
彼は、心の中でぼやいた。
(デカい声と、ちょっと難しそうなカタカナ、それに適当な四文字熟語でも混ぜときゃ、親なんぞ丸め込めるわ)
──そう思っていた。
カンゾウ時代は、ずっとそれでやってこれた。
デマカセ、ハッタリ、自己陶酔トーク。
それだけで、年収2,000万円の塾長にまで上り詰めた。
だが──今回は、違った。
(……いや、違う)
タクミは、すぐに気づいた。
そもそも、獲物が目の前にいない。
カンゾウの時は、向こうから生徒や親がやってきた。
ところが今は、そうじゃない。
「圧倒的なトーク技術」(と本人は思っている)を発揮する以前の問題だった。
まず──
まずは「金づる」を、目の前に引っ張ってこなければならない。
(さて……どうやって、獲物を釣るか)
タクミは、窓から見下ろす高層ビル群を眺めながら、思案した。
そして、ふと、学生時代の“苦い夏休み”の記憶がよみがえった。
──学生時代の夏休み。
──四国から遊びに上京して。
──吉祥寺の商店街。
──可愛い姉ちゃんに声をかけられ、
──誘われるままについて行った事務所で、
──狭い部屋に何時間も「軟禁」され、
──契約するまで帰してもらえそうにない雰囲気の中で、
──興味もないイルカの絵を、3年ローンで買わされた、あの日。
(呼び込むのは女、契約を取るのは怖い男──)
(……あれや!)
タクミは、拳をギュッと握った。
オンナで釣って、オトコで固める。
(今回は……営業やない。マーケティングや!!)
気付けば新宿の飲み屋街を歩いていた。
ちょうどその時。駅前の雑居ビルから、貧乏くさそうな専門学生たちがぞろぞろと居酒屋から出てくるのが目に入った。
タクミは、擦り減った革靴でコツコツと音を立てながら、彼らに近づいていった。
(まずは、コマ探しや)
──島田タクミ。
静かに、だが着実に──
医学部受験戦線、異状ありの狼煙を上げようとしていた。
第3話へ続く