第2話からのつづき
──池袋・飲み屋街の外れ。
島田タクミは、狙いを定めていた。
居酒屋からゾロゾロと出てくる、専門学生たち。
ヨレたパーカー、無地のトート、安そうな髪色。
(……おったな)
彼らは貧乏そうだが、声はデカい。元気はある。
金はなくても、スマホとSNSには強い。
つまり──使いようによっては”兵隊”になる。
(……ちょうどええ)
タクミは、ニヤリと笑った。
彼はコツコツと擦り減った革靴で歩み寄り、小汚い居酒屋に入ろうとしていた専門学生グループに声をかけた。
「おう、君ら。バイト、探してへんか?」
いきなり現れた中年スーツに、学生たちは目を丸くした。
「え、誰っすか?」
「スカウトっすか?」
タクミは、ポケットからスッと何かを取り出した。
それは──
割り箸の先に、折りたたまれた1万円札が挟まったものだった。
「これは“プレミアムおでん”や──味見してみぃ」
学生たち、爆笑。
「これ、やるわ。飲み代にでもせえ」
「なにこれww」
「ヤベェww」
「万札挟んどるww」
「で? 何のバイトっすか?」
「なあ、お前ら──YouTubeとかやってへんか?」
学生たちの中で、ひときわ派手な髪型をした女の子が、手を挙げた。
「やってますよ~!ファッション系ですけど!」
パーマ頭にド派手なアイライン。
ファッション系の専門学生だろうか。
「チャンネル登録者、どれくらいや?」
「3万人っす!」
タクミの目がギラリと光った。
(おった……使える駒が)
タクミは声を潜めた。
「なあ、頼みがある。YouTuberの、りなリンゴ☆って知ってるか?」
するとその女の子が、「あ〜、知ってますよ!医学部系のチューバーっすよね?」と即答した。
タクミはニヤリと頷いた。
「学食のメニューとか、100均の文房具とか紹介してるコでしょ?内容は地味だけど、あれ、やたら登録者いるよね。顔がアイドル系で」
「せや。ワシ、その子と“コラボ”したいんや」
女の子がふっと笑った。
「……で、なんで私に?」
派手な女の子は、首をかしげた。
タクミは目を細めた。
「そいつに、コラボを持ちかけてくれや。お前のチャンネルで、服とかメイクとか、コーディネートしてやる感じでな」
「でも、あの子、結構堅いっていうか……。地味な感じじゃないすか? いけるかなぁ」
「いけ。女は、可愛くなりたい生き物や」
断言。
「しかも、向こうにとっても“ネタ”が増える。向こうの再生数も上がる。Win-Winやろが」
学生たちは顔を見合わせ──
「確かに……」
と頷いた。
タクミは、すっと“プレミアムおでん”の追加を渡した。
「これ、前金や」
タクミは、さらにプレミアムおでんをもう一本取り出して、にやりと笑った。
「成功報酬は、これプラスもう一本や。1万円札な」
「……ガチですか? ……やりますけど?」
「よろしい」
交渉成立。
「君が、りなリンゴ☆を呼ぶんや。メイクして、服も選んで、かわいくコーディネートしてやれ。“オシャレ医学生”って路線に変えさせろ。そしたら向こうもネタが増えるし、再生数も上がるやろ?」
「その後、どうすんの?」
「ウチの予備校──メディカルデラックスの紹介動画、数本撮らせろ。そんで最後に言わせるんや。“メディデラで待ってまーす♡”ってな」
女の子、爆笑。
「ヤッバ、詐欺くさ! でもそれが逆にウケるかもww」
タクミは笑わなかった。
「……詐欺ちゃう。“導線設計”や」
言い切ったその目に、微かな狂気と、絶妙な下心が宿っていた。
──こうして。
「女で釣って男で決める」作戦は、着々と始動していく。
その舞台裏には、吉祥寺でイルカの絵を買わされた哀しき過去と、マーケティングという言葉を覚えたばかりの中年男の執念があった。
第4話へ続く