第3話:YouTubeコラボ作戦

第2話からのつづき

──池袋・飲み屋街の外れ。
島田タクミは、狙いを定めていた。
 
居酒屋からゾロゾロと出てくる、専門学生たち。
ヨレたパーカー、無地のトート、安そうな髪色。

(……おったな)

彼らは貧乏そうだが、声はデカい。元気はある。
金はなくても、スマホとSNSには強い。
つまり──使いようによっては”兵隊”になる。

(……ちょうどええ)

タクミは、ニヤリと笑った。

彼はコツコツと擦り減った革靴で歩み寄り、小汚い居酒屋に入ろうとしていた専門学生グループに声をかけた。

「おう、君ら。バイト、探してへんか?」

いきなり現れた中年スーツに、学生たちは目を丸くした。

「え、誰っすか?」

「スカウトっすか?」

タクミは、ポケットからスッと何かを取り出した。

それは──
割り箸の先に、折りたたまれた1万円札が挟まったものだった。

「これは“プレミアムおでん”や──味見してみぃ」

学生たち、爆笑。

「これ、やるわ。飲み代にでもせえ」

「なにこれww」

「ヤベェww」

「万札挟んどるww」

「で? 何のバイトっすか?」

「なあ、お前ら──YouTubeとかやってへんか?」

学生たちの中で、ひときわ派手な髪型をした女の子が、手を挙げた。

「やってますよ~!ファッション系ですけど!」

パーマ頭にド派手なアイライン。
ファッション系の専門学生だろうか。

「チャンネル登録者、どれくらいや?」

「3万人っす!」

タクミの目がギラリと光った。

(おった……使える駒が)

タクミは声を潜めた。

「なあ、頼みがある。YouTuberの、りなリンゴ☆って知ってるか?」

するとその女の子が、「あ〜、知ってますよ!医学部系のチューバーっすよね?」と即答した。

タクミはニヤリと頷いた。

「学食のメニューとか、100均の文房具とか紹介してるコでしょ?内容は地味だけど、あれ、やたら登録者いるよね。顔がアイドル系で」

「せや。ワシ、その子と“コラボ”したいんや」

女の子がふっと笑った。

「……で、なんで私に?」

派手な女の子は、首をかしげた。

タクミは目を細めた。

「そいつに、コラボを持ちかけてくれや。お前のチャンネルで、服とかメイクとか、コーディネートしてやる感じでな」

「でも、あの子、結構堅いっていうか……。地味な感じじゃないすか? いけるかなぁ」

「いけ。女は、可愛くなりたい生き物や」

断言。
 
「しかも、向こうにとっても“ネタ”が増える。向こうの再生数も上がる。Win-Winやろが」

学生たちは顔を見合わせ──

「確かに……」

と頷いた。

タクミは、すっと“プレミアムおでん”の追加を渡した。

「これ、前金や」

タクミは、さらにプレミアムおでんをもう一本取り出して、にやりと笑った。

「成功報酬は、これプラスもう一本や。1万円札な」

「……ガチですか? ……やりますけど?」

「よろしい」

交渉成立。

「君が、りなリンゴ☆を呼ぶんや。メイクして、服も選んで、かわいくコーディネートしてやれ。“オシャレ医学生”って路線に変えさせろ。そしたら向こうもネタが増えるし、再生数も上がるやろ?」

「その後、どうすんの?」

「ウチの予備校──メディカルデラックスの紹介動画、数本撮らせろ。そんで最後に言わせるんや。“メディデラで待ってまーす♡”ってな」

女の子、爆笑。

「ヤッバ、詐欺くさ! でもそれが逆にウケるかもww」

タクミは笑わなかった。

「……詐欺ちゃう。“導線設計”や」

言い切ったその目に、微かな狂気と、絶妙な下心が宿っていた。

──こうして。
「女で釣って男で決める」作戦は、着々と始動していく。

その舞台裏には、吉祥寺でイルカの絵を買わされた哀しき過去と、マーケティングという言葉を覚えたばかりの中年男の執念があった。
 
第4話へ続く