──都心の高層ビル群の中
その37階にあるメディカルデラックス校舎。
その日。
島田タクミは、エレベーターホールで腕を組みながら待っていた。
(来る……)
(本命が──来る!!)
チーン。
エレベーターのドアが開いた。
現れたのは、小柄な女の子だった。
白いニットに、デニムのミニスカ。
ナチュラルメイクに、ふわっとしたロングヘア。
りなリンゴ☆本人。
動画で見るより、数段かわいかった。
(……ほぉ)
タクミは、一瞬、のどが鳴りそうになるのを堪えた。
(思ってたより……エエやないか)
うずく下心。
だが──
(あかんあかん!!)
タクミは、心の中で叫んだ。
(ここはガマンや……ガマンやタクミ……)
(これは──売上のための女や……!!)
自分に言い聞かせるように、歯を食いしばった。
タクミは、涼しい顔を作ってりなリンゴ☆に微笑んだ。
「よお来たな。待っとったで」
「は、はいっ……今日はよろしくお願いします!」
りなリンゴ☆は緊張しつつも、ぺこりと頭を下げた。
(けなげやな……オレが手ぇ出したら、あかん……)
(売上や……売上のためや……!!)
タクミは、こみ上げる本能を押し殺し、営業スマイルを浮かべた。
──準備完了。
校舎の中では、すでに撮影班(例のファッション専門学生たち)がセッティングを終えていた。
カメラ、三脚、ライト──
機材は安物だが、見栄えはバッチリ。
タクミは、小声で指示を出した。
「ええか、派手めに撮れ。キラキラや。ここが“夢の国”みたいや思わせろ」
「了解っす!」
──そして、撮影開始。
「こんにちはー!りなリンゴ☆です!」
りなリンゴ☆、満面の笑みでカメラに手を振る。
「今、東京の超すごい医学部専門予備校、メディカルデラックスに来てまーす!」
テロップ:★医学部専門予備校メディカルデラックス★
「見てください、このキレイな廊下!まるでホテルみたい!りなりん・ゴー!」
校舎内をパタパタ走るりなリンゴ☆。
その様子を、タクミは後ろで腕組みしながら見ていた。
(……よし、完璧や)
(これや。これがマーケティングや!!)
廊下、教室、自習室──
次々と場所を変え、りなリンゴ☆はキラキラした笑顔で紹介を続ける。
「ここが自習室です!りなリンゴ☆も、ここでお勉強したーい!りなりん・ゴー!」
(……可愛い)
(でも手ぇ出したら終わりや……)
(売上……売上……)
タクミは己を戒めながら、静かに見守った。
──そして、クライマックス。
りなリンゴ☆がカメラに向かって、元気に手を振る。
「みんなも、メディカルデラックスへ、りなリンと──」
「ゴー!!」
(──決まった!!)
タクミは、内心でガッツポーズをした。
──こうして。
医学部受験戦線に、キラキラの核弾頭が投下された。
何も知らない童貞受験生たちは、今、ゆっくりと──だが確実に、釣り上げられようとしていた。
第5話へ続く