第5話:釣られたカモたち

第4話からのつづき

──数日後。

メディカルデラックス・営業部。
朝から、電話が鳴りっぱなしだった。

「はい、メディカルデラックスです──あ、資料送付ですね!かしこまりました!」

「はい、ご見学ですね──いつごろご希望でしょうか?」

社員たちが、テンパりながら受話器をさばいている。
通話中、通話中、また通話中。
問い合わせのメールも大量に届いている。

──すべて、あの日アップされた、りなリンゴ☆の紹介動画の影響だった。

「メディデラで、りなりんに会えるかも♡」

それを真に受けた──
童貞受験生たちが、親を動かした。

「お母さん、オレ、ここで勉強したい!」

「え? 急にどうしたの?」

「りなリン──いや、学習環境がすごく良さそうで!」

──そして、富裕層の親たちは、息子の“やる気”を喜び、ためらいなく金を出した。

800万円の学費?
──医者にさえなれば安いものだ。

オプション費用を含めると2,000万円を超えることもある?
──医者になることを考えれば安いものだ。

──こうして。
続々と、見学希望者がメディデラに殺到していった。
 
──営業応接室。
そこに、島田タクミがいた。

一組目。
父親は港区の開業医。
息子は根暗そうなメガネ男子。

(カモがネギしょってきよったわ)

タクミは心の中でニヤリと笑った。
席に着くと、いきなり声を張る。

「よくぞお越しくださいました!ここは日本一の医学部専門予備校──メディカルデラックスです!」

父親、圧倒されて頷く。
息子、りなリンゴ☆動画を思い出して目を輝かせる。

(よしよし……)

タクミは、適度に4文字熟語を挟みながらトークを展開した。

「合格への道は、峻険な山道を登るが如きであり、灼熱の砂漠を一人彷徨うようなものであります。したがって、羅針盤を持たずに大海原へ漕ぎ出すのは、あまりに無謀です。ですが──我々メディデラは、君たちの羅針盤となる!」

親、うなずく。
子、目をキラキラさせる。

(決まりやな)

だが、父親が少し顔を曇らせた。

「学費、かなり高いですね……」

──きた。

タクミは、満面の営業スマイルで畳みかけた。

「学費が高い?──それは、医師になる覚悟の証です」

ビシィッと指を立てる。

「一生、命を預かる職業に就こうという若者の、まず、親が腹をくくらずにどうするのですか?」

父親、ぐうの音も出ない。

タクミはさらに追い打ちをかけた。

「我々は、“なんとなく医学部へ行きたい”という若者は求めていません。本気で命を預かる覚悟を持つ若者だけを、育てます!」

──沈黙。

そして、父親はポツリと呟いた。

「……申し込みます」

タクミ、心の中でガッツポーズ。
(クロージング完了や!!)
 
──こうして。
タクミは、次々と親子を撃墜していった。

一撃成約。
即金入金。

半年間で、50人獲得ペース。
そのスピードは、もはや「クロージング無双」だった。

──営業部フロア。

「すげぇ! 島田さん、また成約!!」
「成績表、全部島田さんの名前やん!」
「一撃で決めるとか、マジで神……!」

現場の営業社員たちは、完全にタクミを神格化し始めていた。

タクミは鼻高々に笑い、肩で風を切る。

(オレ、やっぱ天才や)

──その頃。

教務部長・エゾエは、営業フロアの隅から静かにタクミを見ていた。

(……確かに、数字は出している)

だが、エゾエの目は冷静だった。

(まだ──様子を見よう)

──島田タクミ。
得意満面のまま、さらなる地獄への道を、着実に歩み始めていた。
 
第6話へ続く