第5話
──メディカルデラックス 校舎前。
「ねぇ、あれが“りなリンゴ⭐︎”の動画に出てた階段?」
「うん!写真撮ろ!」
女子生徒たちが、キャッキャと笑いながらスマホを構える。
──だが、その裏側で。
彼女たちは、りなリンゴ⭐︎をきっかけに入塾したわけではなかった。
親の勧めで。
特に、開業医パパたちからの勧めである。
──メディカルデラックス、総合受付。
「本日はどのようなご用件で?」
受付嬢が問いかけると、 スーツ姿の中年男たちが、いっせいに愛想笑いを浮かべた。
「ええ、実は、娘の進捗状況を……」
「うちの息子、最近どうかなと……」
ここのところ、父親たちの「単独訪問」が増えていた。
しかも、現役バリバリの──開業医たち。
港区、世田谷区、白金、高輪。
高級住宅地にクリニックを構える資産家の父親たちだ。
それだけではない。
千葉、埼玉、神奈川など東京の近隣の県のみならず、東北、北陸、さらには名古屋や大阪、中国地方、時には九州、四国地方など
「西」からの問い合わせや見学も、特に土日や祝日には殺到するようになってきた。
開業医の父親にとって、りなリンゴ⭐︎は、まさに「癒しの星」だった。
彼らは、仕事場では「ロッテンマイヤー看護師」、つまりは杓子定規で愛想ゼロのオバハンに囲まれ、家庭では、「私の実家の財産がなければ、今のあなたはないのよ」と常にマウントを取ってくるブランド妻、そして、反抗期で最近口もきいてくれない娘に囲まれていた。
彼らに居場所なんて、どこにもなかった。
そんな日常にすり減りきった心を、そっと撫でてくれたのが──
YouTubeの中で、ニコニコと笑う、りなリンゴ⭐︎だった。
医学部系YouTuber・りなリンゴ⭐︎は──
まさに、心のオアシスだった。
地味な学食紹介。 100均の文房具紹介。 実習や研修の愚痴。
そんな些細な日常。
──だが、可愛い。
──素朴。
──眩しい。
親しみやすく、しかも頭もいい──
自分を否定せず、微笑んでくれる存在。
オッサンたちは、仕事の合間に、休憩室の奥で、あるいは院長室の裏で、密かにりなリンゴ⭐︎の動画を開き、無言で癒されていたのだ。
(ああ……この子が娘だったら……)
(こんな子がうちの看護師にいたら……)
無意識に漏れるため息。
──そして、思った。
(せめて、一目でも会ってみたい)
彼らが自分の子どもをメディデラに通わせる大義名分はあった。
そう、娘や息子を「医師にするため」だ。
そのために、子どもをメディカルデラックスに送り込み──
入塾説明会に参加し──
何度も授業見学を申し込み──
果ては、三者面談を父親自ら希望するまでになった。
そんな、無理筋な期待と下心を抱え、パパたちは、こぞって我が子をメディデラに入れたのだった。
だが──
りなリンゴ⭐︎は、もういない。
数本のプロモ動画を撮影しただけで、すでに地元へ戻り、大学生活に勤しんでいる。
当然、メディカルデラックスには、いない。
──しかし。
最近は、保護者面談の希望が爆増中なのだ。
「できれば、リナ先生に……」
「……受付で待ってたら、会えますかね?」
もちろん、母親や本人ではなく──
父親単独で、である。
──メディデラの営業部に受付から「来客の知らせ」の内線がくる。
「また来たで。父親だけで面談希望──何人目や?」
タクミは、鼻で笑った。
「まったく、オレはガマンしとるっちゅうに」
タクミは、くわえタバコでふんぞり返った。
(オレは堪えとるんや……堪えとるんや……)
だから、今、目の前で鼻息荒くしているスケベパパたちにも──
オレは、偉そうに言っていいのだ。
タクミは立ち上がり、ドアをバン!と開けた。
待たされていた父親たちが、ピクリと動いた。
「お待たせしました」
タクミは、威厳たっぷりに言った。
「ようこそ!メディカルデラックスへ!」
満面の笑顔で迎える、オーバーアクションの中年男。
開業医パパたちは、一瞬、固まった。
(……誰や、こいつ)
(違う、求めてたのはコイツじゃない)
──しかし、島田タクミは臆さなかった。
「まず、最初に申し上げておきます」
圧のある声で慇懃に言う。
「我がメディカルデラックスは──本気で我が子を医師にしたいという保護者のご子息しか、お預かりしません!」
父親たち、圧倒される。
「親御さんが、もし……不純な動機でお子さんを通わせているとしたら──」
タクミは、にじり寄った。
「それは、教育に対する冒涜や!!」
父親たちは、ポカンと口を開けた。
何も言い返せない。
タクミは心の中で呟いた。
(……オレだって、血の滲む思いで りなリンゴ⭐︎に手ぇ出すの我慢しとるんや)
(お前らも我慢せいや!!)
タクミはさらに言った。
「まさかとは思いますが……リナさん目当てで、うちの予備校に通わせた──なんて、ことはないでしょうな?」
父親たち、赤面。
(オレは、我慢しとる。オレは、大人や。だから、こいつらにも説教する権利があるんや──)
父親たち、顔面蒼白。
「ち、ち、違います! もちろん、娘のために!」
タクミは、心の中で勝ち誇った。
そして急に柔和な表情になり、
「いやあ、お父様。お子様の未来を本気で考えているそのお姿、感動いたします!」
そして再び険しい顔に戻り、タクミは大声でまくしたてる。
「世の中にはな、親自身が遊びたいがために、子供を放置する連中もおる!」
「しかし!あなた達は違う!自ら足を運び、子供の未来を案じる──これぞ真の父親像!」
開業医パパたちは、なぜか圧倒され、押し切られた。
帰り際。
「……で、りなリンゴ⭐︎さんって、今いらっしゃるんですか?」
小さな声で尋ねる父親。
タクミはニヤリと笑った。
「お父様──」
「メディデラは“本気”の保護者様だけをお迎えする場所でございます」
「仮に……仮にですよ?単なるミーハー心で来られたなどということがあれば──。我々は、本気で子供の将来を考えていないと判断するかもしれません」
──こうして。
スケベな下心を叩き潰された父親たちは、皆、ガッチリと高額な特別講座の追加申込書にサインして帰っていったのだった。
(へっ……)
タクミは鼻で笑った。
(結局、オトコなんて──どいつもこいつも、単純や)
──こうして。
本当は誰よりも「りなリンゴ⭐︎ファン」であるタクミが、偉そうに「教育論」を語り、
スケベパパたちを叩きのめす──という、奇妙な保護者面談が、連日、繰り広げられていった。
第7話へ続く