第7話:名誉総長誕生

第6話からのつづき

──メディカルデラックス 応接室。

カトウ社長、エゾエ教務部長、そして営業部の数名。
その前に、島田タクミが、腕組みをしてドヤ顔で座っていた。

エゾエが、資料をめくりながら言った。

「……入塾者、50名突破しました」

カトウ社長も満足そうに頷く。

「しかも、女子生徒が3割以上増えている」

「合格率も、今後上がる見込みが強い」

「現時点で、今年の受験生の質は過去最高です」

「受験結果が出れば、来年以降、さらに“合格実績”を広告に使えます」

エゾエが小声で囁いた。

「……たぶん、本人、何もわかってないですよね」

カトウも笑いを噛み殺す。

「まあいいさ。今は、踊ってもらおう」
 
エゾエは呆れ顔で言った。

「それにしても……このまま放っといたら、天狗になって暴走しませんかね?」

カトウはしばらく考え──

「……いっそ、称号でも与えて、こちらでコントロールしよう」

エゾエが眉をひそめた。

「称号……ですか?」
 
カトウはニヤリと笑う。

「何か、こう……偉くなった気分にさせてやる。 その代わり、実権は持たせない。 肩書きだけ与えて、好きにやらせておけばいい」

エゾエが皮肉っぽく笑った。

「……じゃあ、名誉職ですね」
 
カトウが頷く。
 
「“名誉総長”──なんてどうだ?」

その言葉に、エゾエは思わず吹き出しそうになった。

「……名誉総長。ずいぶん、昭和ですね」

カトウは肩をすくめた。

「昭和の男には、昭和の称号が一番効くんだよ」

二人は顔を見合わせ、クスリと笑った。
 
──そして翌日。

カトウは厳かに立ち上がり、一枚の紙を手に取った。
 
「──島田タクミ君」

カトウの声が、応接室に響く。
タクミがビシッと背筋を伸ばす。

カトウは言った。
「君の功績を称え──ここに『名誉総長』の称号を授与する」
 
エゾエが、脇から差し出した額入りの辞令書。
カトウがそれを、タクミに手渡す。

タクミは、目を見開いた。
そして──

「ハッ!!」

タクミは勢いよく立ち上がり、右手を胸に当てた。

「ハッ! 謹んで拝命つかまつります!!」

応接室が、妙な沈黙に包まれた。

(……なに、時代劇?)
(……水戸黄門?)
(……暴れん坊将軍?)
 
カトウもエゾエも、目を合わせて肩を震わせた。

──タクミの脳内には、昭和の時代劇テーマ曲が鳴り響いていた。

水戸黄門、暴れん坊将軍──
あの日、白黒テレビで見たヒーローたちの勇姿。

そして、胸に響く「総長」という二文字。

総長── かつて、暴走族や反社のリーダーたちに贈られた、あの、力強く、どこかアヤしい響き。

(オレは……総長や……)

タクミは、天井を見上げた。

天狗の鼻が、見えないほど高く伸びていた。

(オレの「マーケティング力」ってやつや)

(ま、オレが本気出したら、こんなもんやな)

カトウもエゾエも──心の中で、こう呟いた。

(……チョロいな)

総長。

その響きに、タクミは陶酔していた。

(そうや……総長や……)

(暴走族でも、ヤーさんでも、頂点に立つ者は“総長”や……)

(オレは今、このメディカルデラックスの“顔”になったんや!!)
 
島田タクミ──
ついに、頂点へ。

誰よりも「大きく見られたい」欲求が強い男にとって、これ以上ない称号だった。

(へっ……)

タクミは、辞令書を見ながら、ニヤリと笑った。

(このオレ様が、名誉総長──)

──こうして。

医学部受験予備校史上、類を見ない役職、「名誉総長」が、ここに誕生したのであった。
 
第8話へ続く