第6話からのつづき
──メディカルデラックス 応接室。
カトウ社長、エゾエ教務部長、そして営業部の数名。
その前に、島田タクミが、腕組みをしてドヤ顔で座っていた。
エゾエが、資料をめくりながら言った。
「……入塾者、50名突破しました」
カトウ社長も満足そうに頷く。
「しかも、女子生徒が3割以上増えている」
「合格率も、今後上がる見込みが強い」
「現時点で、今年の受験生の質は過去最高です」
「受験結果が出れば、来年以降、さらに“合格実績”を広告に使えます」
エゾエが小声で囁いた。
「……たぶん、本人、何もわかってないですよね」
カトウも笑いを噛み殺す。
「まあいいさ。今は、踊ってもらおう」
エゾエは呆れ顔で言った。
「それにしても……このまま放っといたら、天狗になって暴走しませんかね?」
カトウはしばらく考え──
「……いっそ、称号でも与えて、こちらでコントロールしよう」
エゾエが眉をひそめた。
「称号……ですか?」
カトウはニヤリと笑う。
「何か、こう……偉くなった気分にさせてやる。 その代わり、実権は持たせない。 肩書きだけ与えて、好きにやらせておけばいい」
エゾエが皮肉っぽく笑った。
「……じゃあ、名誉職ですね」
カトウが頷く。
「“名誉総長”──なんてどうだ?」
その言葉に、エゾエは思わず吹き出しそうになった。
「……名誉総長。ずいぶん、昭和ですね」
カトウは肩をすくめた。
「昭和の男には、昭和の称号が一番効くんだよ」
二人は顔を見合わせ、クスリと笑った。
──そして翌日。
カトウは厳かに立ち上がり、一枚の紙を手に取った。
「──島田タクミ君」
カトウの声が、応接室に響く。
タクミがビシッと背筋を伸ばす。
カトウは言った。
「君の功績を称え──ここに『名誉総長』の称号を授与する」
エゾエが、脇から差し出した額入りの辞令書。
カトウがそれを、タクミに手渡す。
タクミは、目を見開いた。
そして──
「ハッ!!」
タクミは勢いよく立ち上がり、右手を胸に当てた。
「ハッ! 謹んで拝命つかまつります!!」
応接室が、妙な沈黙に包まれた。
(……なに、時代劇?)
(……水戸黄門?)
(……暴れん坊将軍?)
カトウもエゾエも、目を合わせて肩を震わせた。
──タクミの脳内には、昭和の時代劇テーマ曲が鳴り響いていた。
水戸黄門、暴れん坊将軍──
あの日、白黒テレビで見たヒーローたちの勇姿。
そして、胸に響く「総長」という二文字。
総長── かつて、暴走族や反社のリーダーたちに贈られた、あの、力強く、どこかアヤしい響き。
(オレは……総長や……)
タクミは、天井を見上げた。
天狗の鼻が、見えないほど高く伸びていた。
(オレの「マーケティング力」ってやつや)
(ま、オレが本気出したら、こんなもんやな)
カトウもエゾエも──心の中で、こう呟いた。
(……チョロいな)
総長。
その響きに、タクミは陶酔していた。
(そうや……総長や……)
(暴走族でも、ヤーさんでも、頂点に立つ者は“総長”や……)
(オレは今、このメディカルデラックスの“顔”になったんや!!)
島田タクミ──
ついに、頂点へ。
誰よりも「大きく見られたい」欲求が強い男にとって、これ以上ない称号だった。
(へっ……)
タクミは、辞令書を見ながら、ニヤリと笑った。
(このオレ様が、名誉総長──)
──こうして。
医学部受験予備校史上、類を見ない役職、「名誉総長」が、ここに誕生したのであった。
第8話へ続く