第10話(終):文潮砲、着弾!

第9話からのつづき

そして、数日後。

メディカルデラックスの会議室──
カトウ社長とエゾエ教務部長は、新聞と週刊誌を睨みつけながら、頭を抱えていた。

──『元カンゾウ塾長・島田タクミ、学歴詐称と女問題で炎上』
──『破廉恥ギャンブル教育者!』
──『メディカルデラックスも標的に!?』

「……クソッ」
カトウが唸った。

ふたりは、島田タクミを「泳がせ」ていた。
……つもり、だった。

勢いに乗じて生徒数を一気に増やし、頃合いを見て適当な子会社──
たとえば名古屋や大阪、あるいは九州あたりに分校を作り、そこへ島田を社長として”栄転”させるつもりだった。

本人は表向き「栄転」として大喜びするだろう。

実際は、本体から切り離して、波風立てずに処理をする。

「──そういう筋書きだった」
エゾエが、呻くように言った。

「まさか、ここまで調子に乗るとはな……」

「しかも、文潮砲がこんなに早く炸裂するとは……」

完全に──
想定外だった。

元教え子からの告発動画、『週刊文潮』の取材、ネットニュース…。
情報の拡散は速かった。

SNSは、タクミのスキャンダルで一瞬にして炎上。

トレンドには「#名誉総長」「#破廉恥ギャンブル教育者」──あの悪夢のハッシュタグが、朝から晩まで躍っていた。

メディカルデラックスの電話は鳴りっぱなし。

親からの苦情、解約希望、マスコミの取材申し込み。

それどころか、どうやらタクミは、メディデラ生徒の個人情報を「抜き」取っていたことも先日判明した。

「名誉総長特権」で、若い社員に顧客データにアクセスする方法を聞き出していたようだ。

「…もし、ここのデータが悪用されたら…」
会議室の空気は、重苦しく沈んでいた。

島田タクミ…
とんだ「飛び道具」だった。

地道に、コツコツと──
それが予備校の本来あるべき姿。

エゾエは、壁にかけられた「医学部合格者数」のボードを見つめながら、静かに呟いた。

「……地に足つけて、やり直すしかないですね」

カトウは、深くうなずいた。

「もう、奇策は──懲り懲りだ」

二人は、重たい沈黙の中に、深く深く沈んでいった。
 
外では、まだ、「オレは、何も悪くない!!」という男の声が、ネット中をこだましていた。

夕陽が、37階のガラス窓を橙に染めていた。

立ち尽くす二人の背中を照らしながら、その光は遠く、新宿の高層ビル群を金色の影に変えていく。

37階のガラス越しから見る落日の街は、まるで何事もなかったかのように物音ひとつなく、だがそのしじまこそが──これから始まる長い復旧作業の苦さと、僅かな希望とを飲み込んでいた。

ー完ー

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