第2話:小川莉奈と神崎麗衣

第1話からのつづき

──高校3年生、夏のはじまり。

定期試験が終わり、学校帰り。
リナと神崎麗衣(かんざきるい)は、制服のまま駅前のカフェに入った。
 
冷房のきいた店内。
二人はふぅっと一息ついた。

「やっと期末、終わったねー」

ルイがカップを傾けながら、少し気だるげに言った。
 
「うん。……でも、これから本番だよ」

リナは苦笑した。

テーブルの上には、進路希望調査票。
二人とも、医学部進学を希望していた。

「リナはさ、なんで医者目指してんの?」

ルイが唐突に聞いてきた。

リナは少し考えてから、静かに答えた。
 
「……昔、災害のニュースを見て。大変な時に、助けられる人になりたいって思ったんだ」

ルイは少し目を見開いた。

「へえ、ちゃんとしてるんだね、リナは」

リナは照れたように笑った。

「ルイは?」

ルイはストローをくわえたまま、肩をすくめた。

「うち、パパが医者だからさ。なんとなく……自分も医者になるもんだと思ってた」

リナは、ふっと笑った。

「でも、それも立派な動機だよ」

ルイは気恥ずかしそうに笑い返した。
 
──二人とも、まだ遠い未来の話みたいに思っていた。

テレビで観たドラマ『コード・ブルー』や『ドクターX』、海堂尊や知念実希人のような医師が書いた小説、そして山崎豊子の『白い巨塔』──

格好いい世界。
でも、自分たちには、まだ遠い。

「まずは受からなきゃ、だよね」

リナが、ぽつりと言った。

「ホントそれ!」

ルイは思わず笑った。

「倍率、エグすぎだし……落ちたら浪人だよ、ヤバいって」

二人は、笑い合った。
でも、笑いながらも、心の底には受験という名の見えないプレッシャーがあった。


 
──その時。
ルイが、思い出したように言った。

「あ、そういえばさ。リナって、どこ通ってるんだっけ?塾」

「ああ、改進塾だよ。小さいとこだけど、自習室も静かだし、質問もすぐできるし、いい感じ」

リナは、さりげなく答えた。

「ふーん。リナっぽいね」

ルイは微笑んだ。

「私は、メディカルグリーン」

「メディカルグリーン? あのオシャレなビルで有名な?」

「うん、そう。ジムあるし、整体師もいるし、夜食も出るし。コンシェルジュにお願いすれば、ネイルサロンからネイリストも来てくれるんだって」

リナは目を丸くした。

「すご……!」

ルイは笑った。

「まあ、さすがにうちの高校でネイルは怒られるしね。みんな、運転手付きベンツで送迎だし」

リナは苦笑した。

「すごい世界……」

「まあね。お金かかるけど、私みたいにボンヤリした志望動機でも、手厚く面倒見てくれるから」

ルイは、さらりと言った。

リナは、なんだか不思議な気持ちになった。

同じ「医学部を目指す」と言っても、立っている場所も、歩いていく道も、こんなに違うんだ──

だけど。
二人の間に流れる空気は、どこまでも穏やかだった。

違う道を歩くけど。
目指す未来は、同じ。
それだけで十分だった。
 
第3話へ続く