第1話からのつづき
──高校3年生、夏のはじまり。
定期試験が終わり、学校帰り。
リナと神崎麗衣(かんざきるい)は、制服のまま駅前のカフェに入った。
冷房のきいた店内。
二人はふぅっと一息ついた。
「やっと期末、終わったねー」
ルイがカップを傾けながら、少し気だるげに言った。
「うん。……でも、これから本番だよ」
リナは苦笑した。
テーブルの上には、進路希望調査票。
二人とも、医学部進学を希望していた。
「リナはさ、なんで医者目指してんの?」
ルイが唐突に聞いてきた。
リナは少し考えてから、静かに答えた。
「……昔、災害のニュースを見て。大変な時に、助けられる人になりたいって思ったんだ」
ルイは少し目を見開いた。
「へえ、ちゃんとしてるんだね、リナは」
リナは照れたように笑った。
「ルイは?」
ルイはストローをくわえたまま、肩をすくめた。
「うち、パパが医者だからさ。なんとなく……自分も医者になるもんだと思ってた」
リナは、ふっと笑った。
「でも、それも立派な動機だよ」
ルイは気恥ずかしそうに笑い返した。
──二人とも、まだ遠い未来の話みたいに思っていた。
テレビで観たドラマ『コード・ブルー』や『ドクターX』、海堂尊や知念実希人のような医師が書いた小説、そして山崎豊子の『白い巨塔』──
格好いい世界。
でも、自分たちには、まだ遠い。
「まずは受からなきゃ、だよね」
リナが、ぽつりと言った。
「ホントそれ!」
ルイは思わず笑った。
「倍率、エグすぎだし……落ちたら浪人だよ、ヤバいって」
二人は、笑い合った。
でも、笑いながらも、心の底には受験という名の見えないプレッシャーがあった。
──その時。
ルイが、思い出したように言った。
「あ、そういえばさ。リナって、どこ通ってるんだっけ?塾」
「ああ、改進塾だよ。小さいとこだけど、自習室も静かだし、質問もすぐできるし、いい感じ」
リナは、さりげなく答えた。
「ふーん。リナっぽいね」
ルイは微笑んだ。
「私は、メディカルグリーン」
「メディカルグリーン? あのオシャレなビルで有名な?」
「うん、そう。ジムあるし、整体師もいるし、夜食も出るし。コンシェルジュにお願いすれば、ネイルサロンからネイリストも来てくれるんだって」
リナは目を丸くした。
「すご……!」
ルイは笑った。
「まあ、さすがにうちの高校でネイルは怒られるしね。みんな、運転手付きベンツで送迎だし」
リナは苦笑した。
「すごい世界……」
「まあね。お金かかるけど、私みたいにボンヤリした志望動機でも、手厚く面倒見てくれるから」
ルイは、さらりと言った。
リナは、なんだか不思議な気持ちになった。
同じ「医学部を目指す」と言っても、立っている場所も、歩いていく道も、こんなに違うんだ──
だけど。
二人の間に流れる空気は、どこまでも穏やかだった。
違う道を歩くけど。
目指す未来は、同じ。
それだけで十分だった。
第3話へ続く