第2話からのつづき
──大学1年の春。
講義帰り、リナは学食の隅で友人たちと話していた。
「ねえ、リナってYouTubeとか興味ない?」
ひとりが、唐突に言った。
「え、見るのは好きだけど……」
リナが答えると、友人はにっと笑った。
「やってみたら? なんか、ウケそう」
リナは首をかしげた。
「……私、そんな特別なことできないよ?」
「いいのいいの。普段のままでいいの! 日常とか、勉強のこととか、適当に上げるだけでさ。大学生のリアルって、案外ウケるんだよ?」
リナは少し考えた。
確かに、今の時代、誰でも簡単に動画を上げられる。
登録者が増えたら、お小遣い稼ぎくらいにはなるかもしれない。
「……やってみようかな」
リナは、ちょっとだけ勇気を出して、呟いた。
「いいじゃん!チャンネル名は?」
「え?」
「ほら、なんか可愛い名前考えなよ!」
リナは困ったように笑った。
(名前、かぁ……)
ふと、頭に浮かんだのは──
高校時代、改進塾で聞いた犬堂先生の雑談だった。
──「ビートルズって知ってるか?あの中でも、リンゴ・スターってドラマーが、実は一番愛されてるんだ」
──「派手じゃないけど、みんなを支える存在なんだよ」
リナは、ふっと微笑んだ。
大学受験のあの頃、改進塾の静かな自習室で、誰にも強制されることなく、でもしっかり支えられて、自分は頑張れた。
あの、ほんの少しの「支え」がなかったら、きっと、今ここにはいない。
(……リンゴ・スター)
(りな、リンゴ……)
思わず笑ってしまった。
「えっと……“りなリンゴ”とか?」
「いいじゃん!かわいい!」
友人たちが一斉に盛り上がった。
「で、最後にスターも付けなよ!りなリンゴ☆!ほら、ビートルズのリンゴ・スターみたいに!」
リナは、顔を赤くした。
「ええ〜、ちょっと恥ずかしい……」
「いやいや、絶対かわいいって! 最後に『りなりんGO!』って言いながら終われば完璧!」
「りなりんGO……?」
リナは、思わず吹き出した。
(でも、悪くないかも)
そっとスマホを取り出し、チャンネル開設画面に向き合った。
ユーザー名欄に──
りなリンゴ☆
そっと、指を滑らせた。
ビートルズが好きだった犬堂先生。
受験勉強を支えてくれた改進塾。
そして、ちょっとだけ背伸びする自分。
すべてを、そっと込めて。
(これで、行こう)
──こうして。
りなリンゴ☆は、ひっそりと産声をあげたのだった。
第4話へ続く