第3話:りなリンゴ☆誕生

第2話からのつづき

──大学1年の春。
講義帰り、リナは学食の隅で友人たちと話していた。
 
「ねえ、リナってYouTubeとか興味ない?」

ひとりが、唐突に言った。

「え、見るのは好きだけど……」

リナが答えると、友人はにっと笑った。

「やってみたら? なんか、ウケそう」

リナは首をかしげた。

「……私、そんな特別なことできないよ?」

「いいのいいの。普段のままでいいの! 日常とか、勉強のこととか、適当に上げるだけでさ。大学生のリアルって、案外ウケるんだよ?」

リナは少し考えた。

確かに、今の時代、誰でも簡単に動画を上げられる。
登録者が増えたら、お小遣い稼ぎくらいにはなるかもしれない。

「……やってみようかな」

リナは、ちょっとだけ勇気を出して、呟いた。

「いいじゃん!チャンネル名は?」

「え?」

「ほら、なんか可愛い名前考えなよ!」

リナは困ったように笑った。

(名前、かぁ……)

ふと、頭に浮かんだのは──
高校時代、改進塾で聞いた犬堂先生の雑談だった。

──「ビートルズって知ってるか?あの中でも、リンゴ・スターってドラマーが、実は一番愛されてるんだ」

──「派手じゃないけど、みんなを支える存在なんだよ」

リナは、ふっと微笑んだ。

大学受験のあの頃、改進塾の静かな自習室で、誰にも強制されることなく、でもしっかり支えられて、自分は頑張れた。

あの、ほんの少しの「支え」がなかったら、きっと、今ここにはいない。

(……リンゴ・スター)

(りな、リンゴ……)

思わず笑ってしまった。

「えっと……“りなリンゴ”とか?」

「いいじゃん!かわいい!」

友人たちが一斉に盛り上がった。

「で、最後にスターも付けなよ!りなリンゴ☆!ほら、ビートルズのリンゴ・スターみたいに!」

リナは、顔を赤くした。

「ええ〜、ちょっと恥ずかしい……」

「いやいや、絶対かわいいって! 最後に『りなりんGO!』って言いながら終われば完璧!」

「りなりんGO……?」

リナは、思わず吹き出した。

(でも、悪くないかも)

そっとスマホを取り出し、チャンネル開設画面に向き合った。

ユーザー名欄に──
りなリンゴ☆

そっと、指を滑らせた。

ビートルズが好きだった犬堂先生。
受験勉強を支えてくれた改進塾。
そして、ちょっとだけ背伸びする自分。

すべてを、そっと込めて。

(これで、行こう)

──こうして。
りなリンゴ☆は、ひっそりと産声をあげたのだった。
 
第4話へ続く