第4話:リンゴ・スター

第3話からのつづき

──大学1年、春。

夕方の講義を終えたリナは、学食の隅にいた。

サラサラの髪を後ろで軽くまとめ、小さな顔にクリクリした目がちょこんとのぞく。
細い手でスマホをいじる姿は、どこか小動物のようだった。

(……やっぱり、ちょっと恥ずかしいな)

目の前には、開きっぱなしのYouTubeチャンネル開設画面。

あのとき──友人たちに半ば押し切られる形で、「りなリンゴ☆」という名前を付けた。

「リナはね、無意識過剰のところがいいのよ」

友人が笑いながら言った言葉を思い出す。

「え? 無意識過剰って?」

「いやいや、あんまり深い意味ないの。忘れて」

そんなやりとりが、ちょっとだけ胸に引っかかっていた。

(……無意識過剰、って何だろ)

考えてもわからないので、リナは首をふる。
深く考えるのは、やめた。

ただ、「りなリンゴ☆」という名前は、なんだか気に入っている。

リンゴ・スター。
──地味だけど、バンドを支えたドラム。
自分も、そんなふうに、小さくても、誰かの支えになれたらいい。

そっと、指を動かす。
最初の動画をアップロードした。

内容は、たった2分の、ありふれた日常。
大学帰りの小さな風景。
買ったばかりの文房具を並べながら、小さな声でぽつぽつと話す。

──再生回数、1。

画面に小さく数字が表示されたとき、リナの心臓が、ふるふるっと震えた。

(……誰か、見てくれた)

たったひとり。

でも、たったひとりでも。
リナは、画面をそっと閉じた。

耳の奥で、静かに歌が流れる気がした。

──”I get by with a little help from my friends”
(友達のちょっとした助けで、なんとかやっていける)

ビートルズの、『With a Little Help from My Friends』。

高校時代、改進塾で、犬堂先生が教えてくれた歌。

無口な先生が、不器用な笑顔で「いい歌だぞ」と言ってくれたあの日のこと。

(少しだけ、助けてもらえれば、いい)

それだけで、歩ける。
それだけで、頑張れる。

リナは、そっと窓の外を見上げた。
春の夜風が、さらさらと髪を揺らす。

声に乗った微かな声さえも、知らず知らずのうちに誰かを癒しているかもしれない。
誰にも媚びない。

でも、誰かの小さな灯りになれたら──
そんな、りなリンゴ☆の、ささやかな航海が、始まった。

第5話へつづく