第5話:じわり、ひろがる

第4話からのつづき
──大学1年、春。
初めて投稿した、たった2分の動画。
ある日の夜、リナはその再生数をぼんやり見つめていた。
──10、30、50……。
ゆっくり、でも確かに、数字が伸びていく。
たった一人でも嬉しかったあの日から、世界は少しだけ広がり始めていた。
 (……誰か、見てくれてるんだ)
胸の奥が、ふるふるっと震える。
ふと、画面に小さなコメントの吹き出しが出た。
リナはそっと指先でタップする。
「かわいい!」
「癒やされる」
「頑張ってください!」
女の子たちのコメントが、まるで花びらのように舞っていた。
(わあ……)
思わず顔がほころぶ。
自分の背伸びしない姿を、こんなふうに受け止めてもらえるなんて。
けれど、スクロールする指先が、ふと止まった。
「胸、意外とあるじゃん」
「嫁にしたい」
「こういう素朴な子が一番いい」
(……?)
リナは首をかしげた。
どういう意味か、ピンと来ていない。
ただ、どこかもぞもぞとした違和感だけが、指先に残った。
さらに下には──
「この子の大学に潜入してみた動画、上げました!」
リナの手が、ぴたりと止まった。
(……こわい)
胸の奥に、ひやりと冷たいものが差し込んだ。
スマホをそっと伏せる。
──”I get by with a little help from my friends”
耳の奥で、また静かにあの歌が流れた。
誰かの小さな助け。
改進塾の静かな空気。
犬堂先生の、地味だけど温かい声。
それを思い出すと、不思議と怖さがすうっと消えていく。
(大丈夫。ちゃんと、見てくれる人もいる)
リナは、ゆっくりスマホを取り上げた。
──数日後。
気まぐれに、初めてライブ配信をしてみた。
「こんばんは〜、りなリンゴ☆です……!」
小さな声で、画面に向かって頭を下げる。
小顔にクリクリした目、さらさらの髪がふわりと揺れる。
ややハスキーな声に、自然なリズムの揺らぎ。
チャット欄が、ぱっと花開いた。
「かわいいー!」
「初見です、癒やされます!」
「がんばってください!」
そして、画面に、金色のスタンプが飛び交い始める。
──¥1,000
──¥5,000
──¥10,000
次々と送られてくる、高額のスパチャ。
リナは、びっくりして、思わず手を口元に当てた。
「えっ……え? ありがとうございます……!」
顔を真っ赤にして、何度も頭を下げた。
(すごい……こんな……私、何も特別なことしてないのに……)
──画面の向こうでは、
開業医のパパたちが、
そう、オバサン看護師たちに頭が上がらず、
高飛車な女房に財布を握られ、
反抗期の娘に冷たくされている開業医パパたちが、
スマホを握りしめ、ひそかに目を潤ませていた。
「ありがとう、りなリンゴ☆……!」
「俺の心のオアシス……!」
「娘にしたい、いや、もはや養いたい……!」
誰にも言えない。
でも、ここだけは、心の重荷を下ろせる場所だった。
リナは、そんなことには微塵も気づかず。
ただただ、
「本当に、ありがとうございます……!がんばります!」
と、純粋に、無垢な感謝の声を届けていた。
──こうして、りなリンゴ☆は。
ゆっくり、じわじわと。
世界に、小さな光を灯しはじめた。
 
第6話へつづく