第4話からのつづき
渋谷駅から徒歩7分。
「渋谷東大エクスプレス」、通称STX。
その個別指導ブースの一角で、額に汗をにじませながら、ノートPCを叩き続ける男がいた。
ニッポリ研二。
STXの生徒指導担任、そしてスピリチュアル系残念講師である。
「何者かになりたい。」
常日頃、彼の脳内はこの言葉で埋め尽くされていた。
大学はFラン、就活は全滅、フリーターを経て塾業界へ。
資格も肩書きも、何一つない。
誰もが憧れるような実績も、論文も、武勇伝もない。
だけど。
「僕だって、何者かになれるはずだ……!」
STXの職員室で、空き時間になると彼はスマホでYouTubeとX(旧Twitter)をサーチする。
東大生、京大生、医学部合格者。
高学歴ユーチューバーたちが自己啓発チャンネルで稼ぎ、賞賛を浴びる姿に、彼の胸はズキズキと痛んだ。
ある日。
通信制高校から東大に合格したという「元落ちこぼれ系インフルエンサー」の動画をニッポリは発見した。
再生回数は10万以上。
コメント欄には信者のように崇める受験生が群がっていた。
そのインフルエンサーの顔写真を見た瞬間、ニッポリは画面に顔を近づけた。
「あれ……? こいつ……タニグチ君じゃないか……?」
タニグチ君。
中学時代のクラスメート。
勉強も運動もパッとしなかった彼は、当時のニッポリにとって唯一心の安定を与えてくれる存在だった。
だって、タニグチがいるおかげで、僕は「最底辺」じゃなかったから。
高校受験で全滅して、その後は就職するって噂を聞いたような気がする。
でも、その後の消息は知らなかった。
「まさか、あのタニグチくんが……!」
胸の奥で何かが黒く、どす黒く泡立った。
「くそぉ……俺だって……! 俺だってぇ……!」
ニッポリの心に、ジェラシーという名のマグマが音を立てて燃え上がった。
(なぜタニグチが人気者で、俺はいまだに「何者」ではないんだ)
ニッポリの中で、眠っていた承認欲求が溶岩のように噴き出した。
「彼にできて、僕にできないわけがない。僕も彼と同じ落ちこぼれだった。いや、今も落ちこぼれだ。だからこそ、生徒たちに刺さる言葉があるはずだ!」
彼はノートPCに向かった。
そこに力強くタイトルを書き殴る。
──『フェニックス聖典』
脳内BGMは、ゲームBGMのラスボス戦。
次から次へと言葉が浮かぶ。
額から流れる汗がノートにポタリと落ち、紙を滲ませる。
そして、嵐のようなタイピング。
呼吸は荒い。
ブックオフで買った自己啓発本の目次と見出し。
ネットで拾ったスピリチュアル用語。
心理学系noteのサマリー。
『ムー』の東スポ級スピリチュアル見出し。
3日で100万円の自己啓発合宿で聞きかじった単語。
彼はすべてを混ぜ合わせ、魂の「コーラン」を紡ぎあげた。
──これで、僕も“教祖”になれる。
ページをめくるたび、彼は自分が強くなっていく錯覚に包まれた。
これさえあれば、STX内での地位も上がる。
僕を軽んじる同僚たちも見返せる。
生徒たちは僕を信じ、崇め、SNSで拡散され、ついには出版、講演、テレビ出演……。
「フフッ……これが、“フェニックスへの道”だ……!」
ついに完成した“聖典”を前に、ニッポリ研二は恍惚とした笑みを浮かべた。
(これで、僕にも信者ができる……!)
だが、この時の彼は知らなかった。
その「波動注入・フェニックス・聖典」が後に“地獄への階段”となることを。
※以下は、ニッポリ研二が魂を込めて書き上げた“聖典”の目次を紹介しよう。
見たくない人は飛ばしてOK。
でも、ここに彼の虚妄すべてが詰まっている──
【波動注入・フェニックス・聖典】
ドーパミン分泌で集中アセンション
ツァイガルニク効果×瞑想で暗記MAX
パレートの法則で問題集選別
ダニング・クルーガー効果を知り自分も知る
プレアデス最高評議会の学習認可法
五芒星勉強術で超感覚を開眼せよ
学力ワープα波潜在解放トレーニング
光速チェック術で偏差値爆上げ
ゴーレム効果で親と教師を支配する術
無の境地でミス撲滅
α波β波コントロールで計算力激増
アイデアマラソンで思考力覚醒
マインドフルネス呼吸で合格オーラ生成
チャクラ覚醒と数学公式暗記
クンダリーニ呼吸で偏差値ブースト
メンタルデトックスで試験恐怖排除
明晰夢トレで英文法潜在暗記
オーラリーディング古文読解法
アストラル界記憶術
アカシックレコード現代文読解法
アセンション方程式で数III完全制覇
ニューロン断食で脳活性MAX
テレパシー英単語暗記術
リインカネーション式リスニング練習
龍脈開通で記述問題得点率UP
魔界潜入で小論文アイデア発掘
タントラ古典暗記速習法
マントラ計算スピード術
メンタルコーチング式理科暗記
アーユルヴェーダ朝活勉強法
バーナム効果トークで面接突破
ジョハリの窓式復習法
アストラル五感拡張で長文精読
シュタイナー読解瞑想
フェニックス聖域英語長文解法
パレート英熟語暗記術
算命学で受験日を決定
アカシック過去問分析
断食で物理公式記憶UP
覚醒呼吸で化学反応式丸暗記
チャネリング計画表作成
ゴーレム効果で敵塾撃退
ダークマター計算暗記法
クンダリーニ覚醒で答案作成
メンタルサポート護符作成
宇宙瞑想英作文強化
曼荼羅記憶法で暗記漏れ撲滅
アカシックリーディング自己分析
光速記憶術で試験時間短縮
プレアデス系模試攻略法
無限螺旋復習法
覚醒呼吸術で偏差値10UP
五芒星リスニング集中法
アストラル界ディスカッション練習
マインドブロック解除で合格運呼び込み
アガスティア未来予知勉強法
リラクゼーションα波暗記法
龍神加護暗記ブースト
アセンション解答速度UP
マインドフルネス記述問題対策
スピリチュアル問題集活用術
プレアデス集中力向上呼吸法
フェニックス五感覚醒英語暗記
チャクラ調整で試験本番集中
アーユルヴェーダ食事で脳覚醒
バーナム自己暗示でやる気継続
マインドリセットで失敗回避
スピリチュアル五感統合記憶術
アストラル解法で模試高得点
覚醒反復で基礎力完全制覇
無の境地で本番ミスゼロ
五芒星集中術で実戦力UP
ゴーレム護符作成で勉強効率UP
フェニックス式合格宣言
メンタルマネジメントで持久力強化
アカシック記憶暗記法
アセンション合格必勝マントラ
──これが、ニッポリ研二の、魂の結晶。
彼はこれを「波動注入・フェニックス聖典」と名付けた。
そしてついに、完成。
ニッポリは、白目をむきながら笑った。
これだ!
これで、ついに僕も“何者か”になれる。
早速、印刷会社に発注。
刷り上がった冊子を手に取り、震える指で表紙を撫でた。
光沢PP加工。
金色で箔押しされたタイトル。
【波動注入・フェニックス・聖典】
完璧だ。
「よーし、配布するぞ!」
STXの事務所で叫ぶニッポリ。
誰も反応しない。
いや、反応はした。
シーンとした空気で。
翌日──
講義後の教室。
「はい!これ、先生からのプレゼント!」
目を輝かせながら生徒に手渡すニッポリ。
しかし──
「はあ……ありがとうございます……」
生徒Aはカバンに突っ込んだ。
「え、あ、ありがとうございまーす」
生徒Bは苦笑い。
「……。」
無言で受け取り、そのまま机に置いて去る生徒C。
翌日、ゴミ箱を覗いた。
破られた“聖典”の切れ端が、ペットボトルと一緒に押し込まれていた。
さらに次の日。
職員室で生徒の忘れ物カゴに無造作に放り込まれた“聖典”を見つけた。
しかし!
そんな中、奇跡が起こった。
ある日、受付に一本の電話。
「STXに入りたいんですけど、あの……波動注入の……」
受付の女性が硬直した。
「波動……?」
「波動注入フェニックス聖典の……ニッポリ先生に会いたいんです!」
その日から、奇妙な入学希望者が続々と現れた。
・前世はアトランティスの賢者だという男子
・水晶玉を持って教室に現れた女子
・チャクラ調整の師匠を名乗る老人
・卑弥呼が守護霊だという女子中学生
・UFOに3回乗ったという苺農家の男
・気を自在に操る自称ヒーラー女子
・徳川の埋蔵金探しを続ける探検家
・来月、東京に津波が来るという予言者
・ブードゥー信者のベナン人
STXの説明会は、いつしか異様な空気に包まれていた。
そして月曜日。
プレジデント室。
机を叩くサギヤ。
金髪、浅黒い肌、派手なスーツ。
獣のような目で、ニッポリを睨む。
「お前……何ムダな布教活動してるんだ」
ニッポリは、サギヤを見つめた。
金髪、褐色、妙に艶っぽいその顔。
毎日見ている顔だが、改めて見直すと怪しい。
かなり怪しい。
いや、もしかしたら、一周回って神々しい。
「プレジデントぉ!」
「はぁ?」
「オーラが出ています……龍神の……いや……鳳凰か……! 塾長……ぜひ……教祖になってください……!」
パチン。
頭を軽くはたかれるニッポリ。
「アホか」
その一言で、夢も波動も散った。
彼のフェニックスは、不死鳥になることなく、
──あっけなく灰になった。
第6話へつづく