──朝、少しだけ早起きしてノートを開く。 そんな自分に、ハルカはほんの少し驚いた。 カンゾウに入塾してから一ヶ月。 生活が、変わった。 朝は軽く英単語を見てから登校。 学校の授業中も、先生の話に集中しているふりではなく、 […]
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第2話:塾長室の扉
第1話からのつづき 島田タクミ── 初めて出会ったとき、ハルカはその存在感に目を奪われた。 185センチの巨体に、響く大声。 ラガーシャツの襟を立て、胸元には金色のネックレスがちらついている。 とても大学進学塾の「長」と […]
Continue reading第1話:ここでやってみる
──広瀬春香(ひろせ・はるか)。 その名前が、誰かの記憶に残ったことは、たぶん一度もない。 最初に名前を呼ばれた記憶は、小学校の担任からだった。 「ヒロセさんは、いつも返事が小さいわね」 クラスがざわつく中で、その一言だ […]
Continue reading第9話(終):いつものおでん
ゴールデン街の裏通り。 夜風が少しだけやわらいだ頃、ゴンドウ龍太郎は“あの店”のドアを静かに開けた。 ──スナック「うらがわ」。 かつてテレビにちょっとだけ出ていたという噂のあるママが、一人でやっている店。 壁には色あせ […]
Continue reading第8話:東池袋ブリーフケース
第7話からのつづき 雨がしとしと降っていた。 春の終わりと初夏の境目、街はまだコートと傘の両方を欲していた。 ゴンドウは、東池袋の交差点を渡る。 背中には例の、角ばった大きなリュック。 中には名簿の束と、東芝製のノートパ […]
Continue reading第7話:主役と脇役
都内某所──川沿いの倉庫跡地に建てられた灰色の6階建てビル。 その最上階にある一室。 分厚いカーテン、応接セット、クリスタルの灰皿に山積みの吸い殻。 関東学力増進機構(カンゾウ)の「塾長室」だった。 そして、そこにふんぞ […]
Continue reading第6話:徳富ノリコの肩もみ
徳富典子(とくとみのりこ)── かつて、生命保険業界で「伝説」とまで呼ばれた女だった。 1年目から頭角を現し、2年連続で全国1位のセールス。 生保レディの頂点と言われていたこともあった。 ゴンドウがまだ教材会社に入ったば […]
Continue reading第5話:突然の解雇
ゴンドウが勤務していた教材会社の名前は、桜教育サービス株式会社。 大学受験用の教材を制作・卸販売し、全国の中学・高校・予備校に配布している会社だった。 問題集、解説集、模擬試験セット── とにかく分厚い紙の束を作り、それ […]
Continue reading第4話:名簿屋の地味な夜明け
「……あの、企画案、これで出しておきます」 コピー用紙を3枚重ねて、上司の机に置く。 旅行代理店での5年目。 配属されたのは、国内パッケージツアーのプランニング部門だった。 地味な業務ではあったが、文句はなかった。 ホテ […]
Continue reading第3話:主役じゃないということ
第2話からのつづき 昭和から平成に時代が変わる直前、権藤龍太郎(ゴンドウリュウタロウ)は、旅行代理店に就職した。 業界No.6の中堅企業。 華やかさこそないが、堅実で、倒産することはなさそうな会社だった。 配属先は、本社 […]
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