第5話からのつづき ──夏が始まる頃。 カンゾウの自習室は、朝から夜まで満席だった。 ハルカも例外ではなく、ほぼ毎日通い詰めていた。 「最近よく見るね、あの子」 「塾長のお気に入りらしいよ」 そんな噂が、少しずつ広がって […]
Continue reading第5話:浮かぶ影
「広瀬さんさぁ、最近ちょっと調子いいんじゃない?」 模試の結果を見せたとき、英語のチューターがそう言った。 たしかに、点数は上がっていた。偏差値も少しずつだけど右肩上がりだった。 「ええ、まあ……」 「なんかあった?やる […]
Continue reading第4話:オレは教育者だからな
──それは、最初は“質問のためのノック”だった。 「失礼します。現代文の記述で……」 そんな風にドアをノックして、塾長室を訪ねるのが、次第にハルカの習慣になっていった。 島田タクミは、毎日のように塾長室にいた。 ときには […]
Continue reading第3話:勉強、好きかもしれない
──朝、少しだけ早起きしてノートを開く。 そんな自分に、ハルカはほんの少し驚いた。 カンゾウに入塾してから一ヶ月。 生活が、変わった。 朝は軽く英単語を見てから登校。 学校の授業中も、先生の話に集中しているふりではなく、 […]
Continue reading第2話:塾長室の扉
第1話からのつづき 島田タクミ── 初めて出会ったとき、ハルカはその存在感に目を奪われた。 185センチの巨体に、響く大声。 ラガーシャツの襟を立て、胸元には金色のネックレスがちらついている。 とても大学進学塾の「長」と […]
Continue reading第1話:ここでやってみる
──広瀬春香(ひろせ・はるか)。 その名前が、誰かの記憶に残ったことは、たぶん一度もない。 最初に名前を呼ばれた記憶は、小学校の担任からだった。 「ヒロセさんは、いつも返事が小さいわね」 クラスがざわつく中で、その一言だ […]
Continue reading第9話(終):いつものおでん
ゴールデン街の裏通り。 夜風が少しだけやわらいだ頃、ゴンドウ龍太郎は“あの店”のドアを静かに開けた。 ──スナック「うらがわ」。 かつてテレビにちょっとだけ出ていたという噂のあるママが、一人でやっている店。 壁には色あせ […]
Continue reading第8話:東池袋ブリーフケース
第7話からのつづき 雨がしとしと降っていた。 春の終わりと初夏の境目、街はまだコートと傘の両方を欲していた。 ゴンドウは、東池袋の交差点を渡る。 背中には例の、角ばった大きなリュック。 中には名簿の束と、東芝製のノートパ […]
Continue reading第7話:主役と脇役
都内某所──川沿いの倉庫跡地に建てられた灰色の6階建てビル。 その最上階にある一室。 分厚いカーテン、応接セット、クリスタルの灰皿に山積みの吸い殻。 関東学力増進機構(カンゾウ)の「塾長室」だった。 そして、そこにふんぞ […]
Continue reading第6話:徳富ノリコの肩もみ
徳富典子(とくとみのりこ)── かつて、生命保険業界で「伝説」とまで呼ばれた女だった。 1年目から頭角を現し、2年連続で全国1位のセールス。 生保レディの頂点と言われていたこともあった。 ゴンドウがまだ教材会社に入ったば […]
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